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亜急性硬化性全脳炎の発生状況

(IASR Vol. 40 p52-53: 2019年4月号)

背 景

亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panence-phalitis: SSPE)は, 麻疹に感染後にウイルスが脳内に持続感染し潜伏期間を経て進行性の神経症状を呈する疾患である。SSPEを発症するのは2歳未満の麻疹感染後が多く, 麻疹罹患時の未熟な免疫機能の関与や, 宿主側の自然免疫に関する要因の関与が考えられている。SSPE患者の脳組織から分離されるウイルスでは, 構成するM蛋白, F蛋白, H蛋白などに変異が認められており, 持続感染に関係すると考えられている。麻疹感染後のSSPEの発生頻度は, わが国では母数となる感染数の把握が困難であり不明であるが, 近年の米国からの報告では, 5歳未満の幼児期の麻疹罹患後の1,367人に1人, 特にリスクの高い1歳未満の乳児の麻疹罹患後には609人に1人と推計されており, 従来考えられていたよりも高い頻度となっている1)

SSPEの臨床経過は多様であることが知られ, 稀に自然経過での症状改善の報告もあるが, 多くは亜急性に重篤な状態に進行し, その後慢性進行性の経過をたどることが多い。典型的には, 認知機能障害などの非特異的症状で発症した後, 運動麻痺, ミオクローヌス, 失調, 不随意運動等が出現した後, 慢性の意識障害, 著明な筋緊張亢進や発汗・体温上昇などの自律神経症状を呈し, 寝たきりの状態となる。抗ウイルス薬による治療として, イノシンプラノベクスの経口治療およびインターフェロンの脳室内投与療法があり保険適応となっているが, 国内での多くの患者の予後を改善するには至っていない現状がある。抗ウイルス作用のあるリバビリン脳室内投与が研究として行われており, 効果が期待されているが未だ確立された治療法とはなっていない。

国内での発生状況等

厚生労働省難治性疾患等政策研究事業「プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班」では, 2007年より定期的に患者数の把握等を目的としてサーベイランス調査を実施している。

2007年の全国の医療機関を対象としたアンケート調査で把握されたSSPE患者は118名であり, 調査時の平均年齢は21歳8か月であった。SSPE発症年齢は平均10歳0か月であり, 罹病期間が長期にわたっていることが示された2)

2012年の同様の方法で実施された調査では, 全国で81名の患者が報告され, 平均年齢24歳10か月であり, さらに前回調査時からの年齢の上昇が確認された。このうち2007年の全国サーベイランス調査以降の発症者とされた患者は15名であり, 2007~2012年の期間, 全国で年間3名程度の発病者が確認されている。なお, 40名についての二次調査から得られた臨床情報では, 発病年齢は平均10歳2か月(2歳6か月~22歳4か月)であり, 半数以上の患者の罹病期間は15年以上であった。初発症状は知的退行が最も多く, 歩行障害や失立発作等の症状を初期から認める例が多かった。発症後, 多くの患者は1年以内に急速に進行しており, 抗ウイルス治療としては, イノシンプラノベクス内服が最も多く, 約半数でインターフェロン脳室内・髄腔内投与が行われ, 研究的治療であるリバビリン投与も一部の患者で行われていた。調査時の状態として, 85%の患者は進行した病期にあり, 医療的ケアを必要とする重度の障害を持っており, 治療による効果は限定的と考えられた。

最新の2018年の同様の方法による調査では, 66名の患者が確認された。調査時に56名は成人であり, 平均年齢は29歳1か月となりさらに患者年齢の上昇を認めた。前回の2012年調査時からの新規発症患者数は7名で, 最近でも年間1名程度の発症者がいることが確認された。なお, 新規発症者の調査時年齢は15~31歳であり, 従来の10歳頃の発症に比較して発症年齢が高くなっていることが示されている点には注意が必要となっている。

厚生労働省(厚労省)の研究班による調査以前には, 1990年二瓶らによる全国調査と, 2003年の中村らによる全国調査の報告があり, 1990年調査では151名, 2003年調査では125名の患者が報告されている。それぞれ調査方法は異なっており, 単純な比較は困難であるが, その後の厚労省研究班による2007年118名, 2012年81名, 2018年66名という患者数からは, 漸減傾向にあることが読み取れる結果となっている。

新規発症については, 2012年までの年間3名程度から, 最近では年間1名程度に減少してきている。ただし, そうした新規発症患者は, 麻疹が国内でも流行していた時期に麻疹に罹患し, 長期間の潜伏期を経て発症してきており, 小児科だけでなく成人医療機関でも本疾患を念頭においた鑑別診断の必要性が高くなってきている。

結 語

幼少期に麻疹に罹患した場合, 十分に有効な抗ウイルス療法がないSSPEは依然として健康上の重大な脅威となる。麻疹対策の成果としてSSPEは漸減傾向にはあるが, 新規発症例は持続しており, またすでに発症している患者の多くは長期間にわたり重篤な病状にある。

いうまでもなく乳幼児に麻疹を罹患させないことが最も重要な予防である。麻疹ワクチンの接種は1歳以降であり, 社会としての麻疹対策による乳幼児の麻疹撲滅が, SSPEの発生抑制への基本的な対策となる。

 

参考文献
  1. Wendorf KA, et al., Clin Infect Dis 65: 226-232, 2017
  2. 細矢光亮ら, 平成21年度プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班 分担研究報告書, 2009
  3. 岡 明ら, 平成25年度プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班 分担研究報告書, 2013
  4. 岡 明ら, 平成30年度プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班 班会議, 2019年1月
 
 
東京大学医学部小児科 岡 明
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