国立感染症研究所

IASR-logo
 

病理の立場から見た急性脳炎・脳症

(IASR Vol. 40 p99-100:2019年6月号)

脳炎と脳症 

中枢神経系では, ウイルス, 細菌, 真菌, 原虫などの病原体の感染を契機として髄膜炎や脳炎, 脳症などの病態がもたらされる。代謝性疾患や自己免疫性疾患などでも脳炎や脳症となることもあるが, 本稿では病理の立場から, 感染症による急性脳炎・脳症について概説する。

臨床的な急性脳炎・脳症では意識障害やけいれんなどの中枢神経障害を伴うが, 病理学的には脳炎・脳症は組織形態をもとに区別され, 形態学的観察で炎症が認められる場合に脳炎, 炎症を欠く場合に脳症とされ, 宿主側の反応の違いで区別される。脳炎では, 宿主の脳実質に病原体が侵入, 増殖することにより, 神経細胞やグリア細胞などの脳固有の細胞および組織傷害がみられ, 炎症細胞浸潤を伴う。一方, 脳症ではHIV脳症のように宿主の免疫能が低下しているために脳実質で病原体が増殖しても宿主の免疫反応が乏しく炎症像を欠く病態があるほか, インフルエンザ脳症のように病原体の脳組織への感染は認めず, 高サイトカイン血症などによる免疫系の過剰な応答と全身性の血管透過性亢進に伴う脳実質の非特異的な浮腫を伴う間接的な病態が存在する。 

急性脳炎・脳症の病原体と病理組織形態 

病理学的検査では脳生検, あるいは剖検により提出された脳実質から組織標本を作製し, 通常のヘマトキシリン・エオジン染色による形態観察を基本とする。細菌や真菌, 原虫や寄生虫による病変であれば, 適切に検体が採取されている場合は通常の光学顕微鏡による観察で病原体を確認できることが多い(図A)。これらの病原体に対する組織反応は宿主の免疫状態に応じて様々であるが, 病変部では脳実質の破壊や出血, 壊死, 好中球や, 特に寄生虫感染症では好酸球を含む炎症細胞浸潤が認められる。病原体の観察には特殊染色も併用され, 細菌ではグラム染色やWarthin-Starry染色, 抗酸菌ではZiehl-Neelsen染色が行われる。真菌や原虫の観察にはPAS染色やGrocott染色が有用である。 

ウイルス粒子は電子顕微鏡を使用しなければ観察不可能であるため, ウイルス感染症による病変を通常の光学顕微鏡で検索する場合には, 感染により生じた組織反応を中心に評価する必要がある。ウイルス感染による急性脳炎では, 浮腫, 脳実質や血管周囲へのリンパ球優位の炎症細胞浸潤, ウイルスに感染した神経細胞が好中球やマクロファージに貪食される神経貪食像(図B)や, 組織修復に伴うミクログリア結節が観察されることが多いが, これらのほとんどは非特異的所見である。単純ヘルペス脳炎や水痘帯状疱疹ウイルス脳炎など一部のウイルス感染症では核内封入体が観察されることもある(図C)。生検では検体採取可能部位は限られるが, 中枢神経組織全体を採取可能な剖検の場合, 日本脳炎やエンテロウイルス脳炎では脳幹や視床, 基底核など, また単純ヘルペス脳炎では側頭葉から前頭葉にかけての脳底部などのように, 各病原体による病変好発部位から周辺部を含めた部位の組織標本を作製することが, 診断と病勢評価に重要である。インフルエンザ脳症に代表される全身の炎症反応に伴う急性脳症では, 脳実質の浮腫や血管周囲の滲出液が認められる(図D)。 

近年の本邦における感染症発生動向調査では, 病原体の同定された脳炎・脳症のほとんどはウイルス性によるもので, インフルエンザウイルス, ヘルペスウイルス6, ロタウイルス, エンテロウイルス, アデノウイルス, 単純ヘルペスウイルス, 水痘・帯状疱疹ウイルスなどが原因病原体として, 脳組織あるいは他の臨床検体を用いた検査から同定されているが, およそ半数が原因不明として届出られている1,2)。これら原因不明の脳炎・脳症の中には十分な検索が行われなかった症例も含まれていると考えられるが, 病理学的検索が行われた場合であっても, 特異的所見に乏しく診断に難渋する症例も多い。 

形態観察と病原体検索, 遺伝子検索 

感染症の病理組織学的検索では, 組織形態評価を行った検体そのものから病原体を併せて検索, 評価することが可能であり, 同一検体上で病原体とその感染の結果としての組織反応, 形態変化の関係性を評価することが極めて重要である。病原体の検索には, 画像や血清学的検査を含む臨床情報と組織形態所見をもとに, 免疫組織化学や, 組織から抽出した核酸を用いた病原体遺伝子検査を併用し, 病原体に特異的なタンパク質や病原体のゲノムを検出することで診断の確度を高めることが可能である。必要に応じてウイルスの分離培養や電子顕微鏡による検索も行われる。なお, インフルエンザウイルス脳症のように全身の炎症性反応と血管透過性亢進に伴い脳症となる病態においては, 脳実質からは基本的に病原体が検出されないので注意が必要である。

 

参考文献
  1. 感染症発生動向調査 週報
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html
  2. 厚生労働省科学研究費補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業)エンテロウイルス等感染症を含む急性弛緩性麻痺・急性脳炎・脳症の原因究明に資する臨床疫学研究 平成29年度 総括研究報告書 研究代表者 多屋馨子

 

国立感染症研究所感染病理部
 高橋健太 鈴木忠樹 片野晴隆 長谷川秀樹

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version