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企業の風疹への取り組み

(IASR Vol. 40 p141-142:2019年8月号)

はじめに

2015年4月に当社従業員1名が風疹に感染したことから, 職場での風疹対策がスタートした。発生後の事業活動への影響は大きく, その後の感染拡大防止については苦労を重ねた。2015年の具体的な風疹拡大防止と2018年風疹全国流行への感染防止を実施した。職場での感染拡大を防止するためにも当社事例を対岸の火事とせず, 「風しんゼロ」の一助となることを期待し, 当社の取り組みを報告する。当社は, 従業員約1,000名, 排ガス浄化触媒等の環境保全製品の開発・製造を行っている。

感染対応と拡大防止

2015年の感染者発生を受け, 社内保健師は静岡県西部保健所や国立感染症研究所に連絡し, 多くのご指導をいただいた。企業としては, ①従業員の安全・安心確保を最優先, ②製品の供給は会社の責務, と位置付けて取り組みを開始した。

第一の取り組みとして, 従業員への対応を行った。説明会を開催し, 正しい知識普及(特に胎児への影響)と感染拡大による事業中断の可能性を共有した。また, 自分が感染するだけではなく, “感染源”として家族・兄弟姉妹・孫・同僚へ風疹を感染させてしまうリスクを理解させ, 自分事として捉えてもらうことに努めた。

妊娠の可能性がある従業員およびパートナーには守秘義務を明確にして保健師が対応し, 抗体検査を緊急実施した。妊娠初期の従業員1名に抗体が無いことが分かり, 急遽社内規則を改訂して出勤免除を決定した。パートナーに対しても同様の規則が適用できるように手続きを取っている。

第二の取り組みは, 社内外の拡大防止活動である。まず, 従業員全員にマスク着用を義務付け, 来訪者にもマスク着用をお願いした。ステークホルダーへの感染防止は, 社員の出張自粛と来訪予定の方々へ訪問中止を要請し, 電話やテレビ会議を使った打ち合わせに変更した。多くの人が集まる社内イベントや講習会は, ほぼすべて中止とした。このように事業活動への影響は, 終息宣言を出すまで長期間継続された。

感染者の行動を発症2週間前まで遡って調査し, 会議などで感染者と接触があった従業員を濃厚接触者として登録, 体調と体温の記録を義務付けた。これらの対策を継続していたが, 風疹発症から2週間後には3名の二次感染者が発生した。この時, 風疹感染が際限なく拡大するかもしれない恐怖を強く感じていた。

ワクチン接種の実施

二次感染者からさらに社内に拡大する恐れがあり, 風疹抗体確認とワクチン接種の実施を決定した。本来は抗体確認検査を実施し, 抗体価が低い人へワクチン接種を行うべきであるが, 既に二次感染者が発生していること, 検査と接種で2回医療機関に行くか疑問があり, 抗体検査無しでのワクチン接種に踏みきった。ワクチン接種に当たっては下に記載の4項目を実施して, 接種率の向上を図った。

①近隣の医療機関へ協力を仰ぐ:主に3機関が受け入れを了解。

②抗体検査無しのワクチン接種:費用は掛かるが, 1回で接種完了。

③就業時間内(業務認定)のワクチン接種:医療機関への送迎と社内接種。

④会社で費用負担:費用の7割を会社が負担

当時は, 接種は申告制として罹患歴や接種歴の分からない者が対象であった。特に接種率を左右する医療機関訪問は, 就業時間内にバス等で送迎し500人超の抗体検査または接種を完了した。2015年時点での抗体保有率 (自己申告者含む) は92%まで向上した。一方, 上記説明会や接種の利便性向上を行ったが, 接種必要者の中には接種に同意しない者もいた。

5月連休後に三次感染者が1名発生したが, ワクチン接種の効果がありその後の感染は終息, 6月中旬に終息宣言を出すに至った。77日間にわたり, 事業への影響は非常に大きいものであった。

2018年の流行対応

2015年のワクチン接種以降は入社者に向けた接種勧奨を継続していたが, 2018年夏からの風疹全国流行に対しては万全の状態とは言い切れなかった。2015年は自己申告による抗体保有確認であり, 罹患記憶の不確実さが懸念された。また, 接種拒否者の扱いやワクチン1回接種者をどう扱うかが焦点となった。

そこで, 2018年は母子手帳や妊娠時の抗体検査結果の記録に基づく調査を全員に実施した。2015年の風疹感染者は昭和32~60年生まれの幅広い年齢であったことから, 男女・全年齢を調査対象とし, 母子手帳で2回接種または抗体価が十分な者以外を「接種必要者」とした。今回も接種拒否者がいたが, 保健師が必要性を直接説明し接種の同意を得た。

従業員からの聞き取りで, 個別に医療機関を訪問する方法は接種が進まないと推測し, 接種を受け易い環境を整えることが会社の責務と考えた。医師派遣に3カ月の期間を要したが, 了解いただける医師に協力をいただき社内で348名の麻しん風しん混合(MR)ワクチン接種が実施できた。今回も, 費用は嵩むが抗体検査無しでワクチン接種をすることで, 一度で完了する方法を選択した。接種に当たり問診票記入や体温測定などを会社保健師の指導の下で行い, 医師は確認と接種を実施していただくことで, 1時間に約100人の接種ができた。効率的な運営をすることで医師への負担軽減や従業員の離業時間の短縮につなげた。2019年3月時点でのワクチン接種済者は99%超となっている。

今回の接種は会社の取り組みとして, 費用全額を会社負担とした。約300万円を要したが, 2015年のような事業活動への影響を考えれば決して高い出費ではないと考えている。特にMRワクチンは生涯で2回の接種が基本であり, 今回実施したことでほとんどの従業員は今後の接種は不要と考えている。

まとめ

当社の風疹防止活動は, 発生してからの対策であった。2015年の感染では, 多くの従業員やパートナー, ご家族に大きな不安が生じた。また, お客様や取引先を含め事業への影響はたいへん大きいものであった。

感染症に対しては 「発生後の拡大防止よりも未然防止」 が重要であることを強く認識させられた。また, 2018年風疹全国流行や麻疹の対策が徹底できたことは, 従業員から大きな信頼を得ることができた。従業員や家族を含むステークホルダーに向け, 企業の社会的責任(CSR)と事業継続取り組み(BCM)として, 今後も感染症予防に積極的に取り組みを進める。

 

株式会社キャタラー 専務執行役員
 河合裕直

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