国立感染症研究所

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2018年シーズンのA型肝炎の臨床像について

(IASR Vol. 40 p149-150:2019年9月号)

2018年シーズンには900名以上のA型肝炎症例が報告され, その半数以上が首都圏からの届け出であった。ここでは臨床の立場から考察を加えたい。

A型肝炎の感染経路A型肝炎ウイルス(HAV)は, 口→腸管→腸間膜静脈・門脈→肝臓という経路により肝細胞に感染する。感染したウイルスは肝細胞内で増殖した後, 胆汁→腸管→糞便中に排泄される。腸管内のウイルスはIgA-HAV抗体と結合し, 腸肝循環にのって肝臓に再感染するとされている。

経口感染の様式は上下水道の整備を含めた生活環境によって大きな影響を受ける。日本における感染経路は以下のように変遷してきた。

●上下水道が完備されていない地域では, 汲み取り便所から地下水に流れ込んだウイルスが井戸水に混入して感染の原因となっていた。

●上下水道が整備された後は牡蠣を介した感染が問題とされた。牡蠣の生育する環境中の水がウイルスに汚染され, これを飲んだ牡蠣の内臓でウイルスが濃縮される。こうした牡蠣を加熱不十分なまま食べることが感染の原因となっていた(牡蠣のみならず二枚貝の体内でもウイルスは濃縮されるが, 内臓ごと生食する機会は牡蠣が最も多いため, 牡蠣が最大の感染経路となったものと推察される)。

●現在は牡蠣を含めた海産物が主たる感染の原因として報告されている。海外から輸入された食材による感染も報告されている。

●欧米・オセアニアの先進国以外のほとんどの国はA型肝炎の侵淫度は高い。こうした高侵淫度国への渡航がA型肝炎への罹患のきっかけになる。

●ウイルスを糞便中に排泄している人が用便後十分に手洗いをしないことにより, 手についたウイルスが食材についてしまい, 他者への伝播の原因となる。こうした感染経路がこれまでは主なものとされていたが, 2018年シーズンに関しては, 性交渉の際に肛門周囲に付着した糞便からの糞口感染が起きるというこれまであまり問題にされなかった感染経路が大きな問題となった。感染者の多くが男性であり, 男性間での濃厚な接触により糞口感染としてのA型肝炎が流行した。

臨床症状について

A型肝炎はウイルス肝炎の中でも臨床症状が強い。特に発熱が目立つのが特徴である。感染の際に産生されるサイトカイン(インターフェロンαなど)量が多いことが理由とされているが十分なエビデンスはない。

筆者の施設では2018年シーズンに10例を超えるA型肝炎症例を経験した。大半は定期受診時の血液検査で肝機能異常を認め, 精査の結果A型肝炎と診断されている。症例はいずれもHIV感染症の合併例で男性間性交渉に伴う糞口感染が感染経路と考えられた。約3分の2の症例では発熱を伴っており, うち38度を上回った者も6割以上でみられた。当初, 近隣の医療機関で感冒を疑われ対症療法が行われたが改善がなく, 精査の結果A型肝炎と判明したものである。発症時のALTの中央値は3494 IU/L(913~8877), ビリルビン値は7.4 mg/dL(4.8~30.3)と高値であった。A型肝炎の1%弱は急性肝不全(プロトロンビン活性の40%未満への低下)を合併し, 肝性脳症を伴う場合は劇症肝炎と定義されるが, 今回急性肝不全を合併した症例はなかった。発症当初の症状(ALT)上昇は強かったものの速やかに改善がみられ, ほとんどの症例が1週間以内に退院し, 2~3週間以内に通常の生活に戻ることが可能であった。

A型肝炎の合併症として胆汁うっ滞, 急性腎不全が知られている。胆汁うっ滞は急性肝炎の約5%前後にみられるとされており, 今回のアウトブレイクでも報告がされているが1), 日本からの報告は多くない。治療にはステロイド投与が効果的であることが報告されている2)。筆者の施設でも他の医療機関から肝内胆汁うっ滞の症例を紹介され, 0.5 mg/体重(kg)のプレドニゾロンが著効した症例を経験した。急性腎不全の例も複数報告された。

日本の今後

日本では台湾のアウトブレイク株であるRIVM-HAV16-090株による急性肝炎が2016年から散発的に認められていた。今回のアウトブレイクは首都圏を中心に起こったが, 実際に性感染症としてのA型肝炎のアウトブレイクが観察されはじめたのは2018年に入ってからであった。

東京都内でHIV診療にあたっている機関を中心に東京都が春の段階で情報共有を行い, これらの医療機関ではHAVワクチンの接種が行われた。7月には厚生労働省から各自治体, 医師会, 関連学会に対し感染経路の変化を含めた注意喚起がなされた。その後, 肝炎の発生は徐々に減少していったが, 現在もなお東京都では毎週新規発生がみられており, 例年に比べて多い発生数である3)

現在A型肝炎のアウトブレイクが収まっているのは最もリスクの高いHIV感染を有するmen who have sex with men(MSM)に対するワクチン接種が行われたことが最大の原因であると思われる。その背景には医療機関に加え, MSMコミュニティによる積極的な情報提供が行われたことがある。

数理モデルに基づいた推測では, 抗体陽性者の割合が65%を超えたところでアウトブレイクは終息に向かうとされるが4), 日本のMSMの間におけるHAV抗体陽性率は65%にはほど遠いと想定される。このようなA型肝炎のアウトブレイクがいつ起きるかは予想がつかない。現在海外渡航者に対してはHAVワクチンの接種が強く勧奨されるが, MSMも含めた他のハイリスク者に対してもHAVワクチンの接種を積極的に勧奨していくことが望ましい。また, 今後ワクチンの需要が増加した場合にワクチンの供給が途絶えることのないような体制の構築が望まれる。

 

参考文献
  1. 李 広裂ら A型肝炎後黄疸と肝機能異常が遷延したHIV感染患者の1例 感染症学雑誌 93: 79, 2009
  2. Yoon EL, et al., Korean J Hepatol 16: 329-633, 2010
  3. 東京都感染症情報センター A型肝炎の流行状況
    http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/hepatitis-a/hepatitis-a/)(2019年8月21日アクセス)
  4. Regan DG, et al., Epidemiol Infect 144: 1528-1537, 2016
 
東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野
 四柳 宏 古賀道子 堤 武也
東京大学医科学研究所附属病院感染免疫内科
 林 阿英

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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