国立感染症研究所

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2018年のA型肝炎流行状況について

(IASR Vol. 40 p150-151:2019年9月号)

感染症発生動向調査(NESID)における近年のA型肝炎報告数は, 年間100~300件で推移していたが, 2018年は1年間の累積で925例(2019年6月17日現在)が報告され, 突出して発生数が多い年となった。年齢・性別分布をみると, 年齢中央値は37歳(範囲:2-87歳)で, 2015~2017年の3年間(以下, 過去)に報告された798例(年齢中央値:44歳(範囲:0-99歳))と比較して低下していた。2018年の男女別年齢中央値は, 男性が37歳, 女性が47歳であった。性別の割合は, 男性90%, 女性10%であり, 過去の報告(男性:61%, 女性:39%)と比較すると男性の割合が高かった。推定感染経路については, 経口感染の割合(38%)が過去の報告(74%)と比較して低く, 性的接触(53%)は過去の報告(4%)より高くなっていた (https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/surveillance/510-iasr/graphs/4563-iasrgtopics.html)()。

A型肝炎は潜伏期間が長く, 聞き取りによる感染源の特定が困難であることから, 感染源調査にはウイルス学的検査による分子疫学的手法を用いた方法が有用である。A型肝炎の流行状況を調査するため, 厚生労働省は, 「A型肝炎発生届受理時の検体の確保等について」(平成22年4月26日健感発第0426第2号, 食安監発0426第4号)を発出し, 各自治体宛にA型肝炎の発生届を受理した場合の分子疫学的解析を目的とする患者検体の確保と積極的疫学調査の実施を依頼している。

国立感染症研究所では, 2018年の流行状況把握のため全国の地方衛生研究所, 保健所と共同でA型肝炎患者485例の糞便または血清からA型肝炎ウイルス(HAV)ゲノムのVP1/2A領域の塩基配列を決定し, 流行状況を分子疫学的に解析した。その結果, 遺伝子型の内訳は, IAが474例(97.7%), IBが3例(0.6%), IIIAが8例(1.6%) であった。このIAのうち90.5%は塩基配列がほぼ同一であり, 1年間にわたり全国から広範囲に検出されるという特徴を示した()。このウイルス株の塩基配列は, 台湾(2016年)およびヨーロッパ(2017年)の男性間性交渉者(MSM)間で流行が報告されたRIVM-HAV16-090株と一致した。

2018年の積極的疫学調査で遺伝子型が明らかになった症例において, RIVM-HAV16-090株が検出された症例の年齢中央値は36.5歳(範囲:19-76歳)で, それ以外の症例の年齢中央値は49歳(範囲:10-78歳)であり, RIVM-HAV16-090株が検出された症例は若年者が多かった。性別の割合は, RIVM-HAV16-090株が検出された症例では, 男性95%, 女性5%であったが, それ以外の症例では, 男性63%, 女性37%であった。RIVM-HAV16-090株以外の症例は過去の男女比とほぼ一致したのに対し, RIVM-HAV16-090株が検出された症例では明らかに男性割合が高かった。一方, 推定感染経路については, RIVM-HAV16-090株以外では, 経口感染と性的接触の割合がそれぞれ67%と0%であったが, RIVM-HAV16-090株では35%と60%であった。さらに, 性的接触の中で同性間性的接触の割合が84%と非常に高いという特徴もみられた。これらのことから, RIVM-HAV16-090株は, 本邦でもMSMを中心に流行したものと考えられる。

MSM間でのA型肝炎流行は海外ではしばしば報告されているが, 本邦においては1999年に小規模な流行が報告された程度であった。しかし, 2018年の流行を鑑みると, 本邦においてもMSMはA型肝炎高リスク群であることが再認識された。

2018年のA型肝炎流行への対応として, 厚生労働省から, 「A型肝炎報告数増加に伴う注意喚起について(協力依頼)」(平成30年7月18日健感発0718第2号)が地方自治体, 医師会, 感染症関連の学会等へ発出された。また, 医療機関によるMSMへの積極的なA型肝炎ワクチン接種の勧奨や自治体と連携した民間団体等によるA型肝炎に対する学習会等が実施された。さらに, 2018年の流行では, 積極的疫学調査による遺伝子解析の重要性が改めて示された形となり, 厚生労働省より, 「A型肝炎発生届受理時の検体の確保等について」(平成31年2月6日健感発0206第1号, 薬生食監発0206第2号)が再度発出された。

本邦では60歳未満のHAV抗体保有率は1%とHAV感受性者が大多数のため, A型肝炎の流行が起こる危険性は, 以前と比べ格段に増大している。2018年の流行はその典型例であると言える。今後は感染源や感染経路対策に留まらず, 個人の積極的な予防対策, 感染症に対する意識向上が切に望まれる。

謝辞:貴重な検体や塩基配列情報をご提供いただきました地方衛生研究所ならびに保健所の方々に心より感謝申し上げます。

 
 
国立感染症研究所ウイルス第二部
 杉山隆一 清原知子 鈴木亮介 石井孝司(現 品質保証・管理部) 村松正道
国立感染症研究所感染症疫学センター
 砂川富正

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