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病原体検出マニュアル「後天性免疫不全症候群/HIV感染症」改訂の経緯

(IASR Vol. 40 p166-167:2019年10月号)

病原体検出マニュアルは, 感染症法に基づいて感染症の報告がなされる際の検査の標準化のために, 国立感染症研究所(感染研)と全国地方衛生研究所(地衛研)の共同で作成され, 感染症対策にかかわる行政検査の大きな根拠となっている。

1987年3月に発出された, 「エイズ対策の推進について(健政計発 第13号, 健医感発 第20号)」では, 保健所または医療機関からの検査依頼に対応するため, すべての地衛研において, スクリーニング検査(ELISA法またはPA法)および確認検査〔ウエスタンブロット(WB)法等〕を実施する体制を整備するものとされた。その後, HIV検査相談事業は保健所等だけでなく, NPOや民間検査所とも連携して行われるようになり, さらに活発なHIVにかかわる調査研究も行われ, 幾多の研究成果がもたらされている。

また, 2018年に実施された世界保健機関(WHO)によるJEE(Joint External Evaluation:合同外部評価)1)の評価項目「検知」の中においても, HIV検査は麻疹やMERSの検査とともに,日本国民の公衆衛生上の懸念のある優先疾患の10のコアテストの中に位置付けられている。

2011年に作成された病原体検出マニュアル「エイズ/HIV感染症」においては, HIVスクリーニング検査や確認検査法の他, 感染初期を判定するBEDアッセイ, 種々の培養細胞を用いたHIV分離法, HIVのサブタイプ型別法や薬剤耐性遺伝子検査法等の先端技術が多く掲載され, HIV調査研究のバイブルとも言えるマニュアルに仕上がっていた。

しかしながら, 近年の厚生労働科学研究の調査によると, HIV検査事業において, スクリーニング検査を実施している地衛研は少なくなり, 確認検査を実施している地衛研は約70%と報告されている2)。さらに, 地衛研を対象として実施したHIV精度管理調査の結果では, WB法の解釈法に差があり地衛研間で結果判定にバラツキがあったこと, WB法の判定保留例で核酸増幅検査を実施した地衛研が少なかったこと等が指摘され2), 地衛研におけるHIV確認検査の上でWB法の判定が重要なポイントとなっている。HIV検査陽性例の頻度が少ない地衛研ではHIV検査の知識や技術習得の機会が少ないことや, 人事異動等でその引継ぎが難しいことが要因として考えられる。

このような状況下で, 大阪健康安全基盤研究所, 神奈川県衛生研究所, 東京都健康安全研究センターおよび感染研が中心となり, 2018年10月に「後天性免疫不全症候群(エイズ)/HIV感染症 病原体検出マニュアル」が改訂され, 公開された3)。本マニュアルの趣旨として, 原点である「HIV検査」に特化した内容となっており, HIV検査フローチャートに基づき, HIVスクリーニング検査, HIV確認検査およびHIV核酸増幅検査等について詳細に記載されている。特に, スクリーニング検査においては, 従来の抗体検出試薬(第3世代)からHIV抗原も同時に検出可能な第4世代試薬の使用が主流となり, さらにイムノクロマト(IC)法を原理とする試薬を用いた検査が保健所等においても行われる中で, 地衛研における確認検査の比重が高まり, 感染初期の検体も確実に捕捉できる確認検査(核酸増幅検査法)の必要性が増している。このため, 抗体確認検査であるWB法で4ページ, 核酸増幅検査法に13ページを割いた内容となっている。

加えて, 2018年11月, 新たなHIV確認検査試薬(Geenius HIV1/2キット)がわが国でも承認された(2019年度中に使用可能になると思われる)。この試薬はWB法に比べ, 検出感度および特異性が高く4), 1回の検査でHIV-1とHIV-2に対する抗体の有無が検出可能である。また, IC法の原理を用いていることから, WB法と比べ, 検査時間が30分程度と大幅に短く, 結果判定に専用の読み取り装置を用いればWB法のように判定に苦慮し, 施設間の結果で差が生じることはない。

2014年に提示された米国CDC推奨HIV検査アルゴリズム5,6)ではWB法が除外され, 第4世代スクリーニング検査で陽性の場合, Geenius HIV1/2キットで確認検査を行い, HIV-1とHIV-2について陽性か否かを判定し, 判定保留もしくは陰性の場合にはHIV-1の遺伝子増幅検査を行う。2019年10月頃に再び改訂予定の病原体検出マニュアルでは, 抗体確認検査の項目にGeenius HIV1/2キットとWB法が並列で記載されることが予定されている。

2014年に国連エイズ計画(UNAIDS)がHIVの流行を制御する戦略として, 「90-90-90」のケアカスケードを掲げ, エイズ終焉を目指して世界各地で実践されている7)。これは2020年までにHIV陽性者の90%が自らのHIV感染を知り, そのうちの90%が抗レトロウイルス治療を継続して受け, 治療を受けているHIV陽性者の90%が体内のウイルス量の抑制を果たすことを目指している。さらに, 近年では, 「U=U(Undetectable=Untransmittable)」キャンペーンが行われている8)。すなわち, HIV感染を知り, HIV感染症治療を開始し, 治療によって血液中にHIVが検出限界以下の状態になり, その状態が6カ月かそれ以上継続できていれば, 性行為により他の人にHIVを感染させることはないという概念である。

HIV感染症の増加に歯止めがかかりつつある現在, 地衛研の責務の原点として, 保健所のHIV検査を確実・正確・迅速に実施し, 医療機関への受診へ確実につなげることこそが, エイズ終焉の実現に近づいていくものと思われる。

 

参考文献
  1. Joint external evaluation of IHR core capacities of Japan, Mission report: 26 February-2 March 2018,
    https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/274355/WHO-WHE-CPI-REP-2018.23-eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y
  2. HIV検査受検勧奨に関する研究, 平成28-30年度 総合研究報告書, 254-279, 2019
  3. 後天性免疫不全症候群(エイズ)/HIV感染症 病原体検出マニュアル,
    http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/HIV20181031.pdf
  4. Kondo M, et al., PLoS One 13: e0198924, 2018
  5. Laboratory testing for the diagnosis of HIV infection : updated recommendations, CDC, 2014,
    https://stacks.cdc.gov/view/cdc/23447
  6. 貞升健志, ヒト免疫不全ウイルス(HIV)検査における進歩,
    http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/epid/y2018/ tbkj39122/
  7. Ending AIDS: progress towards the 90-90-90 targets
    https://www.unaids.org/en/resources/documents/ 2017/20170720_Global_AIDS_update_2017
  8. 「U=Uキャンペーン」支持について, 日本エイズ学会
    https://jaids.jp/
 
 
東京都健康安全研究センター
 貞升健志 長島真美 吉村和久
(地独)大阪健康安全基盤研究所
 川畑拓也
神奈川県衛生研究所
 佐野貴子 近藤真規子
国立感染症研究所
 松岡佐織 立川 愛 草川 茂
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan