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伝播性薬剤耐性HIVの動向

(IASR Vol. 40 p169-170:2019年10月号)

HIV薬剤耐性には, (1)服薬アドヒアランス不良などにより抗HIV薬服用歴のあるHIV感染者体内で耐性が誘導される場合(獲得性薬剤耐性:acquired HIV drug resistance: ADR)の他, (2)薬剤耐性を有するHIV感染者から感染し, 抗HIV薬服用歴のないHIV感染者から薬剤耐性HIVが検出される場合(伝播性薬剤耐性:transmitted HIV drug resistance: TDR)がある。実臨床の場面では, 過去の抗HIV薬服用歴(抗HIV療法の中断の他, 海外では過去の母子感染予防のための妊婦の一時的な治療や, 曝露前予防投与などの影響も無視できない)を詳細に確認できないまま, 初回抗HIV療法を行う場合もある。そのような場合ではADRかTDRかを区別できないため, 初回抗HIV療法を行う前の薬剤耐性という意味で, (3)治療前薬剤耐性(pretreatment HIV drug resistance: PDR)という概念も重要である。

現在, 初回抗HIV療法は3剤併用が基本であり, 導入する抗HIV薬3剤のいずれかに耐性がある場合は, ウイルス学的失敗のリスクが高くなることが知られている。

そのため, TDRあるいはPDRの動向を知ることは, 初回抗HIV療法の推奨レジメの判断や, 推奨する曝露後予防薬レジメの判断, 曝露前予防薬等の選択において重要な基礎情報であり, 低中所得国を含め世界各国でサーベイランスが行われている。

現在, 抗HIV薬として主に用いられているものは, 核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI), 非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI), プロテアーゼ阻害薬(PI), インテグラーゼ阻害薬(INSTI)の4系統である。サハラ以南アフリカなどエファビレンツ(EFV: NNRTI)がキードラッグとして広く使用されている地域では, EFVに対するPDRの割合が10%を超える地域も多い1)。そのため2018年から世界保健機関(WHO)のガイドラインではこれらの地域の成人の第一選択抗HIV療法のキードラッグとしてドルテグラビル(DTG: INSTI)が推奨されることとなり, 2019年からサハラ以南アフリカの多くの国でDTGが徐々に使用できるようになっている2)

本邦では2003年から研究班においてTDRの動向調査を行っており, 2018年末までにその解析総数は9,306例にのぼる3)。これはこの期間にエイズ発生動向調査で報告されたHIV感染者とAIDS患者の合計を分母とすると約40%に相当する。

サーベイランスのための伝播性薬剤耐性変異にはサーベイランスの継続の上でいくつかの基準が提唱されており4), 主要な耐性変異でないものや, ポリモルフィズムとしても認められる変異などは除外されている。そのため, HLA関連変異でリルピビリン(RPV: NNRTI)に低~中等度耐性となる逆転写酵素(RT)領域のE138G/A/K変異5)や, INSTIのアクセサリ変異でポリモルフィズムとしても存在するIN領域のL74M, T97A, S153F, E157Q変異などは未治療患者において本邦でおよそ1%以下~数%以下の頻度で検出されているが, TDRとしてカウントしていないことに注意が必要である。

本邦でのTDRの動向をに示す。INSTIのTDRについては2012年より解析している。NRTI, NNRTI, PI, INSTIの主要な4つのクラスのTDRの動向を, それぞれ示した。主要4クラスのいずれかのTDRを保有する率は8~10%前後で近年推移しているが, 2018年には4.9%へと減少した。

薬剤クラス別内訳ではNRTIは2.8%, PIは1.4%, NNRTIは0.8%であった。INSTIに対する伝播性薬剤耐性変異はほとんどみつかっていない。2018年の個別の耐性変異をみるとNRTIのジドブジン(AZT)やスタブジン(d4T)に対する耐性変異およびその復帰変異であるT215Xは2.4%, 比較的古い世代のPIに対する耐性変異のM46I/Lは1.2%, そしてNNRTIのEFVおよびネビラピン(NVP)に対する耐性変異のK103Nは0.6%であった。これまでも報告してきたように, これらの変異を保有する株はすでに流行株の一つとして日本国内で定着したことを裏付けている6)

これらの耐性変異は比較的古い世代の抗HIV薬に対する耐性変異であり, 現在の日本のガイドラインで初回治療の第一選択の3剤の組み合わせに対してはほとんど影響を与えない。しかし, 将来的なPrEP(抗HIV薬による曝露前予防)の本邦での使用動向, サハラ以南アフリカを含む世界的な規模でのINSTIの普及等により, 薬剤耐性変異の動向が今後変化していく可能性があり, 注意深くサーベイランスを継続する必要がある。

最後に, 2017年のIASRでも注意喚起をしたところであるが7), B型肝炎合併HIV感染者に対して, HIV感染を知らずに抗B型肝炎ウイルス(HBV)治療を行ったことにより, HIV薬剤耐性(RT領域のM184V)が誘導されたと考えられる症例が多数報告されている。年齢に関わらずHBV治療前には必ずHIV検査を行っていただきたい。

 

参考文献
  1. WHO HIV Drug Resistance Report 2017
    https://www.who.int/hiv/pub/drugresistance/hivdr-report-2017/en/
  2. WHO Update of recommendations on first- and second-line antiretroviral regimens, 2019
    https://www.who.int/hiv/pub/arv/arv-update-2019-policy/en/
  3. AMEDエイズ対策実用化研究事業「国内流行HIV及びその薬剤耐性株の長期的動向把握に関する研究」班
  4. Bennett DE, et al., Plos One e4724, 2009
  5. Gatanaga H, et al., Clin Infect Dis, 57(7): 1051-1055, 2013
  6. Hattori J, et al., J Acquir Immune Def ic Syndr, 71(4): 367-373, 2016
  7. 蜂谷敦子, IASR 38: 181-182, 2017
 
 
国立感染症研究所エイズ研究センター
 菊地 正
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