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2018/19シーズンのインフルエンザ分離株の解析

(IASR Vol. 40 p180-185:2019年11月号)

1 流行の概要

2018/19インフルエンザシーズンは, 2018年第49週に定点当たりの報告数が1を超え, 流行期に突入した。これは前シーズンとほぼ同様の流行入りであった。国内のインフルエンザウイルスの流行はA型ウイルスが中心であったが, B型ウイルス(主にVictoria系統)も2019年第10週から増加がみられた。A型ウイルスは, 2019年第1週まではA(H1N1)pdm09が多く報告されたが, 第2週以降はA(H3N2)の報告数が上回った。

海外においても, A型およびB型の流行であったが, A型ウイルスの流行が大きく, B型ウイルスのそれは小さかった。A型ウイルスは国や地域により, A(H1N1)pdm09とA(H3N2)の報告数の割合が違っていた。B型ウイルスの流行は, 多くの国でB型Victoria系統による流行が大きかった。

2 各亜型・型の流行株の遺伝子および抗原性解析

2018/19シーズンに全国の地方衛生研究所(地衛研)で分離されたウイルス株の型・亜型・系統同定は, 各地衛研において, 国立感染症研究所(感染研)から配布された孵化鶏卵(卵)分離のワクチン株で作製された同定用キット[A/Singapore/GP1908/2015 (H1N1)pdm09, A/Singapore/INFIMH-16-0019/ 2016(H3N2), B/Phuket/3073/2013(山形系統), B/Maryland/15/2016(Victoria系統)]を用いた赤血球凝集抑制 (HI) 試験によって行われた。また, 最近のA(H3N2)ウイルスは赤血球凝集活性が著しく弱いために〔今冬のインフルエンザについて(2015/16シーズン)参照〕, HI試験が困難な場合は遺伝子解析による亜型同定が行われる場合もあった。感染研では, 感染症サーベイランスシステム(NESID)経由で情報を収集し, 地衛研で分離および型・亜型同定されたウイルス株総数の約10%について分与を受けた。また, 病院からインフルエンザ迅速診断キット陽性臨床検体の供与を受け, 感染研でウイルス分離を行った。地衛研から分与された株および供与を受けた臨床検体から分離された株について, ヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)遺伝子の遺伝子系統樹解析およびフェレット感染血清を用いたHI試験, あるいは中和試験による詳細な抗原性解析を実施した。

2-1)A(H1N1)pdm09ウイルス

遺伝子系統樹解析:国内および海外(ラオス, 韓国, モンゴル, ミャンマー, 台湾)で分離された447株について遺伝子解析を実施した。解析した株はすべてHA遺伝子系統樹上の6B.1(アミノ酸置換:S84N, S162N, I216T, 代表株:A/Singapore/GP1908/2015)群内の6B.1A(S74R, S164T, I295V)群に属していた(図1)。また国内株では, 6B.1A内に183Pをもつ7つの群, 183P-1(N451T/R45G, P282A, I298V), 183P-2(L233I), 183P-3(T120A), 183P-4(N129D, A141E), 183P-5(N260D), 183P-6(T120A), 183P-7(K302T, I404M)およびT120A群, L161I, I404M群が派生した(検出割合は図1円グラフを参照)。183P-2群内に, 抗原性変異が疑われるN156Kアミノ酸変異を有する集団が形成されており, 今後の流行状況を注視する必要がある。

抗原性解析: 7~9種類のウイルスに対するフェレット感染血清を用いて, 国内および海外(ラオス, 韓国, モンゴル, ミャンマー, 台湾)で分離された493株(国内281株, 海外212株)についてHI試験による抗原性解析を行った。その結果, 解析したほとんどの分離株は2018/19シーズンワクチン株A/Singapore/GP1908/ 2015およびワクチン株と同じく群の代表株であるA/Michigan/45/2015に対するフェレット感染血清とよく反応し, これらの株と流行株の抗原性が類似していることが示唆された。しかしながら, 一方でワクチン接種を受けたヒトの血清との反応性は低下している傾向がみられた。また, 非常に少数ではあるが, 分離株の中にはA/Michigan/45/2015株に対するフェレット感染血清との反応性が大きく低下する株が認められ, それらは共通してHAにN156Kのアミノ酸置換をもっていた。

2-2)A(H3N2)ウイルス

遺伝子系統樹解析:国内および海外(ラオス, ミャンマー, ネパール, モンゴル, 韓国, 台湾)で分離された323株について遺伝子解析を実施した。本亜型ウイルスのHA遺伝子系統樹解析では, 最近のウイルスは3C.2aおよび3C.3aの2群に大別され, 国内では3C.2a(L3I, N144S, F159Y, K160T, Q311H, D489N)群に属するウイルスが過去4シーズンの流行の主流であった。3C.2a群内には, 3C.2a1(N171K, I406V, G484E, 代表株:A/Singapore/INFIMH-16-0019/2016), 3C.2a2(T131K, R142K, R261Q), 3C.2a3(N121K, S144K)群が形成された。さらに3C.2a1内には, 3C.2a1a (N121K, T135K, G479E), 3C.2a1b(K92R, N121K, H311Q), 3C.2a1b+131K(E62G, T131K, R142G, V529I), 3C.2a1b+135K(E62G, T135K, R142G), 3C.2a1b+135N(T135N) 群が形成され, 遺伝子の多様化を呈した(図2)。2018/19シーズンには全解析株が3C.2aに属し, 81.2%が3C.2a1b+131K, 7.1%が3C.2a1b+135K, 0.8%が3C.2a1b+135N, 10.5%が3C.2a2, 0.4%が3C.2a3であった(図2, 円グラフ)。なお, 欧米では3C.2aとは抗原性が異なる3C.3a(L3I, S91N, N144K, F193S, D489N)に属するウイルスが検出されているが, 国内では今シーズンは検出されていない。

抗原性解析:国内および海外(ラオス, ミャンマー, ネパール, モンゴル, 韓国, 台湾)で分離された362株(国内291株, 海71株)について, 7~11種類のウイルスに対するフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。また, 最近のシーズンと同様に多くのA(H3N2)分離株は極めて低い赤血球凝集活性しか示さず, HI試験の実施が困難な場合が多かったことから, 本亜型ウイルスについては中和試験法を用いて抗原性解析を実施した。その結果, HAの多様性にかかわらず, 解析した分離株の9割以上は, 2018/19シーズンワクチン株A/Singapore/INFIMH-16-0019/2016(H3N2)(クレード3C.2a1)の細胞分離株に対するフェレット感染血清とよく反応し, 抗原性が類似していることが示唆された。しかし, 解析した分離株の9割以上は, ワクチン製造用卵高増殖性株のSingapore/INFIMH-16-0019/2016(IVR-186)に対するフェレット感染血清との反応性が悪く, 抗原性が大きく乖離していると思われた。これらワクチン製造株は卵馴化による抗原変異の影響を強く受けていると考えられた。

2-3)B型ウイルス

遺伝子系統樹解析

山形系統:遺伝子解析を実施した国内および海外(ミャンマー, ラオス, ネパール, 韓国, 台湾)で分離された33株はすべて, HAタンパク質にS150I, N165Y, N202S, S229Dアミノ酸置換をもつ3群(代表株:B/Wisconsin/1/2010株, B/Phuket/3073/2013株)内のN116K, K298E, E312K, L172Q, M251V群に属した(図3)。また同群内で, 共通アミノ酸置換としてD229NあるいはD232Nをもつ複数の群が形成された。

Victoria系統:国内および海外(ミャンマー, ネパール, 台湾)で分離された131株はすべて1A群(代表株: B/Brisbane/60/2008株, B/Texas/2/2013株)内に形成される, HAタンパク質に共通アミノ酸置換N129D, I117V, V146Iをもつ群に属した(図4)。国内では, 2シーズン前から報告されているHAに2アミノ酸欠損をもつ群1A.1(162-163アミノ酸欠損, I180V, R498K)ウイルスは15.7%と少なかった。一方, 3アミノ酸欠損(162-164アミノ酸欠損, K136E)をもつウイルスは74.0%と流行の大部分を占めた。また, もう一つの3アミノ酸欠損(162-164アミノ酸欠損, I180T, K209N)ウイルスは3.1%であった。

抗原性解析

山形系統:国内および海外(ミャンマー, ラオス, ネパール, 韓国, 台湾)から収集した37株(国内19株, 海外18株)については, 6種類のウイルスに対するフェレット感染血清を用いてHI試験により抗原性解析を実施した。その結果, 山形系統解析株の9割以上が2018/19シーズンに採用されたワクチン株B/Phuket/ 3073/2013に対するフェレット感染血清とよく反応し, 抗原性が類似していることが示唆された。

Victoria系統:国内および海外(ミャンマー, ネパール, 台湾) から収集した127株(国内120株, 海外7株)については, 8~9種類のウイルスに対するフェレット感染血清を用いてHI試験により抗原性解析を実施した。Victoria系統解析株のうち, 2018/19シーズンの世界保健機関(WHO)ワクチン推奨株であり2アミノ酸欠損のB/Colorado/06/2017株に対するフェレット感染血清とよく反応した株は, 解析株の7割以上であった。一方で, 3アミノ酸欠損(162-164アミノ酸欠損, K136E)株に対するフェレット感染血清とよく反応した株は, 解析株の9割以上を占めた。このことは, 3アミノ酸欠損(162-164アミノ酸欠損, K136E)株が流行の主流であったことと一致している。ワクチンを接種したヒトの血清は, これらの3アミノ酸欠損株に対しても比較的よく反応していた。

本解析は, 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の施行に伴う感染症発生動向調査事業に基づくインフルエンザサーベイランスとして, 医療機関, 保健所, 地方衛生研究所との共同で実施された。さらに, ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために, 新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授の協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米CDC, 英フランシスクリック研究所, 豪ビクトリア州感染症レファレンスラボラトリー, 中国CDC)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり, その他の成績はNESIDの病原体検出情報システムにより毎週地衛研に還元されている。また, 本稿は上記事業の遂行にあたり, 地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

 
 
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