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2018/19シーズンにおける超過死亡の評価

(IASR Vol. 40 p192-194:2019年11月号)

インフルエンザの社会的インパクトを評価するにあたって, 重症化の指標として死亡者数が重要である。世界保健機関(WHO)はインフルエンザの流行によってもたらされた死亡の増加を, インフルエンザの「社会的インパクト」の指標とする「超過死亡(excess death, excess mortality)」の概念1)を提唱している。これは直接的, 間接的を問わず, インフルエンザ流行がなければ回避できたであろう死亡者数を意味する。わが国においては, 日本の現状に応じたモデルとして2種類, 全国と大都市(特別区および政令指定都市)で把握されている2-4)

全国における超過死亡の推定は, 総死亡(死亡理由を問わない)のみで, 死亡から50日後に厚生労働省統計情報部から公表される速報値に基づいて確率的フロンティア推定法5)を用いて推定され公表されている。確率的フロンティア推定法は, 従来は経済学の分野において企業の生産活動等における非効率性の測定のために開発され, 用いられてきた。例えば, 企業の生産において, 観察可能な投入量(資本や労働)と生産量から, 観察不可能な最も効率的な生産量や, それと実際の生産量との格差である非効率性を求めている。それを超過死亡に応用している。つまり, 観察可能な実際の死亡数から, 観察不可能なベースライン(インフルエンザが流行していなければ発生したであろう死亡者数)や超過死亡数を推定している。

他方, 大都市のみにおける超過死亡の推定は, 1999年度から厚生労働省健康局結核感染症課によって実施されている「インフルエンザ疾患関連死亡者数迅速把握」事業で行われている。死亡届の数段階ある死因のいずれかにインフルエンザあるいは肺炎の記載がある死亡者数が, おおむね週に一度保健所の協力を得て感染症サーベイランスシステム(NESID)に登録され, その情報から全国と同様に確率的フロンティア推定法5)を用いて超過死亡が推定され, 公開されている。おおむね死亡日から2週間でwebsite上に公開されている。本迅速把握システムは毎シーズン12月~3月までの事業であり, 4月~11月のデータは欠損している。また, 実際には報告遅れが生じるために, 実施期間中の実際の死亡者数や超過死亡者数も変動することに留意が必要である。いずれの推定においても, 「超過死亡」数は実際の死亡者数が, ベースラインの95%信頼区間の上限である閾値を上回っている週(月)における, 実際の死亡者数と閾値との差, として定義される。

全国と大都市における異なる超過死亡の推定方法は, それぞれ長所・短所がある。流行中の超過死亡の把握という意味では, 全国が50日後, 大都市が2週間後の公開であるので, 大都市が圧倒的に有利である。他方, 死亡の概念からは, 全国は総死亡であるために網羅的で死因の定義の影響を受けないが, 大都市はインフルエンザあるいは肺炎死亡であるため限定的になる可能性がある。地域性においても全国の方が優れている。したがって, 両者を相補的に活用することが肝要であると思われる。また両者は死亡の定義が異なるため, 単純な比較はできず, 包含関係にはないことに留意が必要である。

1987年から2018/19シーズンまでの総死亡者数, ベースライン, 閾値の動きが一般公開されている(http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/a/flu.html)。総死亡者数が閾値を大きく上回るシーズンもあれば, ほぼ同程度のシーズンもあった。直近の2018/19シーズンは2月に総死亡者数が閾値を上回り2,000人程度の超過死亡が発生した。図1ではシーズンごとに超過死亡者数をまとめている。シーズン中に一度も総死亡者数が閾値を上回らなければ超過死亡者数は0となる。これによると1998/99シーズンで超過死亡者数は35,000人を超えているが2004/05シーズン以降1万人を超えることはなかった。2018/19シーズンは3,276人であり, 直近5シーズンでは3番目と特別に大きな超過死亡が発生したわけではなかった。

他方で大都市では, 図2に2007/08シーズンから2018/19シーズンまでの21大都市合計での肺炎・インフルエンザ死亡者数, ベースラインおよび閾値を示している。大都市合計では, 超過死亡は観察されなかった。大都市別では, 東京都特別区, 川崎市, 京都市, 神戸市, 広島市, 北九州市, 相模原市, 熊本市で超過死亡が観察された。

以上から, 2018/19シーズンは全国的には平均的な超過死亡が発生したシーズンであったが, 大都市別では超過死亡が発生した大都市もあった, とまとめられよう。

 

参考文献
  1. Assad F. et al., Bull WHO 49: 219-233, 1973
  2. 大日康史ら, IASR 24: 288-289, 2003
  3. 大日康史ら, IASR 25: 285-286, 2004
  4. 大日康史ら, IASR 26: 293-295, 2005
  5. 大日康史, 健康経済学, 東洋経済新報社 2003, 86-91
 
 
国立感染症研究所感染症疫学センター
 大日康史 菅原民枝 砂川富正
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan