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日本におけるロタウイルスワクチンの効果

(IASR Vol. 40 p212-213:2019年12月号)

1.  はじめに

2006年より現行のロタウイルスワクチン(RV1: Rotarix®, RV5: RotaTeq®)が開始された米国・ヨーロッパなどではその後速やかに, ワクチンが劇的に死亡や重症下痢症の数を減少させることが示された。2009年, 世界保健機関(WHO)はロタウイルスワクチンを各国の定期接種に導入する事を推奨した。さらに2013年には「現在のワクチンは腸重積症のわずかな上昇が認められる(初回接種後1-2/100,000人の増加)以外には安全で忍容性は良好であること, 両ワクチンの腸重積症リスクはRotaShield®の1/5-1/10であり, 重症胃腸炎や死亡を防ぐベネフィットは, 腸重積症の増加リスクをはるかに上回る」という見解を表明した。以後, 現在では80カ国以上がワクチンを定期予防接種プログラムに導入し, 世界的にもロタウイルス感染による死亡や重症下痢症は減少している。

日本でも2011年11月, 2012年7月にRV1, RV5がそれぞれ市販されてから8年近くが経過する。本稿ではこれまでの国内でのロタウイルスワクチンの効果について述べる。

2.  ワクチン導入前のロタウイルス疾病負担

ロタウイルスワクチン導入前の日本における5歳未満児のロタウイルス胃腸炎入院率の調査は各地域で実施され, 4.1-5.3人/1,000人年(2008~10年京都)1), 2.8-4.7人/1,000人年(2007~09年三重)2), 13.7人/1,000人年(2001~11年秋田)3), 5.59人/1,000人年(2007~13年愛知)4)と報告されている。これらは地域や年度によるばらつきがあるが(秋田県では常に高い入院率が示されてはいたものの), 米国や英国などの海外諸国と比べても同程度の入院率であった。いくつかの疫学データ上, 国内では年間80万人が医療機関を受診し, うち26,000-78,000人が入院加療を要し, 数-10名が死亡するという疾病負担を有していた5,6)

3.  臨床試験

ワクチンが市販される前の国内臨床試験は双方ともランダム化比較試験で行われた。このときの重症下痢症に対するVaccine efficacyはRV1で91.6%(95%CI: 6.4-99.1%), RV5で100%, すべての下痢症に対してはRV1で79.3%(95%CI:60.5-87.8%), RV5で74.5%(95%CI:39.9-90.6%)と, とりわけ重症下痢症に対してはより高い効果があることが示された7,8)

4.  市販後のVaccine effectiveness(VE)

日本での実地臨床におけるVEについては, これまで佐賀や秋田から報告されている。両地域でのCase-control studyによると5歳未満児のロタウイルス感染入院に対するVEは, 76.8%(95%CI:51-89%, 秋田県由利本荘地域)9), 86.6%(95%CI:55.9-96.0%, 佐賀県)10)であった。Arakiらはさらに重症度別, ワクチン種別でも検討し, すべての下痢症に対してはRV1で80.6%, RV5で80.4%であるが重症下痢症では臨床試験同様に97.3%(95%CI:88.8-99.3%)と高い値であったことを示している11)

これらには若干の差異はあるが両者の95%CIはオーバーラップしており, また臨床試験の際のVEともおおよそ合致しているものである。加えて諸外国のVEと比較しても同様である。

5.  入院率の変化

ワクチン導入前後での, 5歳未満児のロタウイルス胃腸炎による入院率の解析を紹介する。東日本大震災後の2012年から助成を開始した岩手県気仙沼地域では, 2013年には接種率95%の状況下で5歳未満児の84%の入院率の減少を認めた12)。その後全国的にも助成を行う自治体の増加やワクチンの認知度の広まりから徐々に接種率は上がり, 現在国内の接種率は60%を超えている。

さらには, Asadaらが三重県津市で行った調査においてワクチン導入直後の2011~13年の入院率は3.0-5.5人/1,000人年であったが, 2013~15年は0.6-0.8人/ 1,000人年と, 85.7%の入院率の減少13)が認められた。またYoshikawaらの名古屋市における調査では導入前(2007~11年)5.59人/1,000人年から導入後(2012~16年)3.65人/1,000人年(95%CI:3.13-4.23人/1,000人年)となり, すなわち入院率は76%の減少を呈している4)。その後も保険診療記録を基にした大規模調査が報告されており14,15), いずれもほぼ同等の入院率減少効果が示されている。

前述のVE studyを行った秋田県由利本荘地域においてもワクチン導入後2シーズンを過ぎた頃から入院率の減少を認めるようになった。ワクチン開始前10年間(2001~10年)の入院率は平均13.7人/1,000人年であったが, 2014~17年の3シーズンの平均入院率は3.3人/1,000人年と76%の減少をみた。この地域では助成が行われ昨年では接種率90%以上であるが, ワクチンの有効性が入院率に十分反映されているといえる。

6.  年長児への効果

Kobayashiらは, 2014年のシーズンにはワクチン接種対象ではなかった3~5歳児においてもロタウイルス入院率が65%減少したことを述べている14)。すなわち, ワクチンによる集団免疫効果が有効に作用していることを示唆しており, 諸外国でも同様の現象が報告されている。一方でAsadaらは, 2007~11年と2011~15年の比較において0~3歳未満の入院率は有意に減少したが, 3歳以上5歳未満児では入院率に有意差がなかったと記している13)。加えて, Kobayashiらの追加報告では2009~17年において5~10歳のロタウイルス入院率には明らかな低下がなかったことを述べている16)。まだ評価が分かれるところではあるが, 今後の接種率の向上により集団免疫効果が明確になる可能性は高いと考えられる。加えて, ワクチンの有効性が示され, かつ接種率が上昇した現況においては, 接種数年後すなわちワクチン効果が下がってくる年長児世代の臨床病態や入院率の変化の有無についても今後のフォローアップが必要である。

7.  リスクとベネフィット

腸重積症のリスクと感染予防のベネフィットの観点から, Ledentは国内のRV1の評価において, ワクチンにより惹起される腸重積症入院または死亡1に対し, 350(95%CI:69-2510)のロタウイルス感染による入院, 366(95%CI:59-3271)の死亡が防げると述べている17)。ワクチン評価に関する小委員会での評価でも, 腸重積症が1例生じる間に480例のロタウイルス胃腸炎入院例が予防されると推計されており, 以上から国内でも海外諸国と同等にベネフィットがリスクを十分に上回ると考えられる。

8.  最後に

2019年10月2日, ロタウイルスワクチンを新たに定期接種の対象とすることが厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会で決定された。2020年10月1日から開始され, 同年8月生まれ以降の乳児が対象となる。定期化による接種率の向上が日本でどのようなベネフィットとリスクをもたらすのかについて, 加えて医療経済効果やgenotypeの変遷などについても引き続き幅広い観察と評価が望まれる。

 

参考文献
  1. Ito H, et al., Vaccine 29: 7807-7810, 2011
  2. Kamiya H, et al., Jpn J Infec Dis 64: 482-487, 2011
  3. Kinoshita S, et al., Jpn J Infect Dis 67: 464-468, 2014
  4. Yoshikawa T, et al., Vaccine 36: 527-534, 2018
  5. Nakagomi T, et al., J Infect Dis 192 Suppl 1: S106-10, 2005
  6. Nakagomi T, et al., Vaccine 27 Suppl 5: F93-6, 2009
  7. Kawamura N, et al., Vaccine 29: 6335-6341, 2011
  8. Iwata S, et al., Hum Vaccin Immunother 9: 1626-1633, 2013
  9. Fujii Y, et al., BMC Pediatr 17: 156, 2017
  10. Araki K, et al., J Epidemiol 29: 282-287, 2019
  11. Araki K, et al., Vaccine 36: 5187-5193, 2018
  12. 渕向透ら, 日本小児科学会誌 119: 1087-1094, 2015
  13. Asada K, et al., WPSAR 7: 28-36, 2016
  14. Kobayashi M, et al., Vaccine 36: 2727-2731, 2018
  15. Kimura T, et al., J Infect Chemother 25: 175-181, 2019
  16. Kobayashi M, et al., Hum Vaccin Immunother 1-6, 2019
  17. Ledent E, et al., Drug Saf 39: 219-230, 2016
 
 
秋田大学大学院医学系研究科小児科学 野口篤子
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