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腸重積症サーベイランスのアップデート

(IASR Vol. 40 p213-215:2019年12月号)

ロタウイルスは小児の重篤な下痢症の最大の原因病原体であり, 主に乳幼児に急性胃腸炎を引き起こす。ロタウイルスは非常に強い感染力を持ち, ごくわずかなウイルス粒子が体内に入り込むだけで感染が成立すると言われている。従って衛生状態をいかに改善しても, すべての小児が5歳までに罹患すると考えられている。ロタウイルス感染性胃腸炎の予防は非常に困難であるため, 古くからロタウイルスワクチンの開発に力が注がれ, 現在では日本国内でも2種類のロタウイルスワクチン(Rotarix®, RotaTeq®)が接種可能となっている。これらのワクチンは国内外からの報告によると, ロタウイルス胃腸炎, 特に重篤な入院例の予防に高い効果を認めている。

一方で, ロタウイルスワクチンは, 以前に使用されていたロタウイルスワクチン(RotaShield®)の経験から, 副反応として腸重積症が知られている。1998年に世界で初めて実用化されたRotaShield®は, 世界各国で接種され, 重症下痢症に対して70-100%, 下痢症全体としても48-68%の有効性を認めたが, ワクチン接種後に10,000-12,000ワクチン接種あたり1例の割合で腸重積症が出現したため, 1999年市場から撤退した。RotaShield®と腸重積症の明確な因果関係は解明されていないが, この経験からロタウイルスワクチンと腸重積症の関連性が示唆され, 新しいワクチンでもワクチン接種後の腸重積症の増加が懸念されたため, ロタウイルスワクチンを定期接種として導入している国々は市販後調査で腸重積症の推移を注意深く見守っている。世界保健機関(WHO)は, 現在使用されているワクチンはRotaShield®接種後の腸重積症発症リスクを下回っており, また, 各国のロタウイルス胃腸炎の疾病負荷を考慮に入れるとワクチンの重症例, 例えば合併症発症例を含む入院例, 死亡例などの予防効果のメリットの方が腸重積症発症のリスクをはるかに上回るため, 引き続きロタウイルスワクチン接種を推奨する, と結論付けている。

諸外国では前述のとおり, ロタウイルスワクチン接種後の腸重積症の発症に関するリスクに関して, ワクチンによる重症胃腸炎予防のベネフィットと合わせ, 総合的に評価している。2011年よりロタウイルスワクチンが認可され, 接種が始まった日本国内においても同様に腸重積症の発生リスクについてリスクとベネフィットを検討する必要性があるため, 全国9道県の小児科入院施設のある医療施設のご協力のもと, ワクチン導入前後の1歳未満の腸重積症による入院例の調査(腸重積症サーベイランス)を開始した。

方法は協力医療施設において, あらかじめ決められた症例定義(腸重積症に合致した臨床症状を呈し, かつ画像検査で腸重積症の特徴的所見を認める)を満たした1歳未満の腸重積症による入院患者を認めた場合に, 本サーベイランス用に構築したウェブサイトを用いて患者情報, ロタウイルスワクチン接種情報, 腸重積症情報を担当医に入力していただき情報を収集するシステムを用いた。ロタウイルスワクチンの腸重積症発症への影響を確認することが目的であるため, 調査そのものは2012年から開始したが, 調査期間はワクチンが導入される前の2007~2011年を後ろ向き調査, 2012~2014年9月までを前向きに調査した。

ワクチン導入前2,352例, 導入後1,072例の計3,424例が解析対象となった。ワクチン導入前5年間の年間報告例では全体の6.3%が, ワクチン導入後では7.5%が6か月未満児であった。1歳未満の月齢分布()をワクチン導入前後で比較すると, 観察期間, 報告数が異なるので, 単純な比較はできないが, ともに月齢3か月児頃より報告数が増え始める傾向が認められた。人口当たりの1歳未満の発症率はワクチン導入前が10万人・年当たり92.2例, 導入後が83.4例となっている。ワクチン導入前後の発症率を月齢別に比較すると, 月齢3, 4か月児でリスク比がそれぞれ1.67, 1.21と高くなっていた。しかし, 95%信頼区間を考慮するとこれらの増加は統計学的に有意な増加とは今の段階では結論付けられない。

また, ワクチン導入前の報告例の92.5%が非観血的整復で治療をされ, 観血的整復例は120例(5.1%)であり, 3例(0.1%)の死亡報告があった。一方ワクチン導入後は, 報告例の92.9%が非観血的整復で治療をされ, 観血的整復例は54例または5.8%であった。96.1%の症例が合併症を認めず回復しており, 死亡例の報告は無かった。

以上の結果より, ロタウイルスワクチン導入前後での腸重積症の国内の疫学は, 今のところ大きな違いは認められない。ただし, ワクチン導入後の方が月齢3か月児の報告症例が統計的に有意ではないが増加していた。本来ならこの月齢はロタウイルスワクチン1回目, 2回目の接種時期と重なることから, ワクチン接種日, 回数ごとの患者の状況を評価すべきところであるが, 能動的サーベイランスであるため, ワクチン接種日と腸重積症発症日両方の情報を得られた報告例が23例(ワクチン導入後の報告例の2%)のみであったため, 正確な因果関係の解析には至っていない。今後ロタウイルスワクチンが定期接種化されるに当たり, 本サーベイランスを継続し腸重積症の有意な増加の有無についてモニタリングするとともに, より質の高いサーベイランスの実施が求められる。

ロタウイルスは生後3か月頃より感染者数が増加し, 初感染時が最も重症化しやすい。従って, ロタウイルスワクチンの目的である, ロタウイルス初感染時の重症化予防達成のためには, それ以前にワクチンを接種する必要がある。また, 本サーベイランスにより生後3か月頃より腸重積症の発症が増えるため, 紛れ込み例を少なくするだけでなく, 最大限ワクチンの効果を引き出すためにも, ロタウイルスワクチン接種時期は厳守すること, ロタウイルスワクチンを接種する際には, ワクチンの効果だけでなく, 副反応として腸重積症がごくまれに起こること, さらに腸重積症の症状をしっかり説明し, 接種後疑わしい症状が見受けられれば, すぐ医療機関を受診する旨を付添いの方に伝えることが重要であると考えられる。

謝辞

本研究は平成24年度厚生労働科学研究費補助金(新型インフルエンザ等新興再興感染症研究事業)「ワクチン戦略による麻疹および先天性風疹症候群の排除, およびワクチンで予防可能疾患の疫学並びにワクチンの有用性に関する基礎的臨床的研究」(研究代表者:岡部信彦), 平成27年度厚生労働科学研究費補助金(新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業)「ワクチンにより予防可能な疾患-対する予防接種の科学的根拠の確立及び対策の向上に関する研究(研究代表者:大石和徳)の研究活動の一環として実施された。

 

参考文献
  1. WHO, WER No. 5 88: 49-64, 2013
  2. Murphy TV, et al., N Engl J Med 344: 564-572, 2001
  3. Patel MM, et al., N Engl J Med 364(24): 2283-2292, 2011
 
 
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