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世界ポリオ根絶計画の現状と病原体サーベイランス

(IASR Vol. 41 p21-23: 2020年2月号)

野生株ポリオウイルス根絶の進捗

世界保健機関(WHO)を中心に進められている世界ポリオ根絶計画の目標はポリオワクチン, とくに弱毒化経口生ポリオワクチン(OPV)接種の徹底により, 世界中すべての国・地域において, 野生株ポリオウイルス伝播を終息させることにある。2015年9月に2型野生株ポリオウイルス根絶が宣言され, 3型野生株も2019年10月に根絶宣言がなされた。しかし, パキスタンおよびアフガニスタンでは, 広範な地域で1型野生株ポリオウイルス伝播が継続しており, 2019年のパキスタンの野生株ポリオ症例数は111例と, 前年同時期の8例と比較して急増している1)(2019年12月24日現在)。

ワクチン由来ポリオウイルスによるポリオ流行

WHOは, 2型ワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)によるポリオ流行のリスクを考慮して, 三価OPVから2型株を除いた二価OPVへの切り替えを進め, 2016年5月までに, すべてのOPV使用国において, 三価OPV接種を停止した2)。しかし, 三価OPV接種停止後3年以上経過した2019年においても, アフリカの広範な地域(ナイジェリア, ソマリア, コンゴ民主共和国, アンゴラ等)で, 大規模な2型VDPV流行が断続的に発生し, 流行は多くのアフリカ諸国に拡大している1))。長年, ポリオフリーを維持してきたWHO西太平洋地域でも, ラオス(2015~2016年), および, パプアニューギニア(2018年)で, 1型VDPVによるポリオ流行が発生した。2019年には, フィリピンの広範な地域において, 1型および2型VDPV流行が発生し, 急性弛緩性麻痺(AFP)症例, 環境検体, 接触者等からVDPVが検出されている1)。フィリピンの流行株との関連が示唆される1型VDPVは, マレーシアのサバ州でも検出されており, 流行の拡大が危惧されている()。パキスタンでも, 2019年7月以降, 2型VDPV流行が発生し, 2型ポリオウイルスに対する集団免疫が不十分な地域における2型VDPV伝播のリスクが, 世界各地で顕在化している。

AFPサーベイランスとポリオウイルス実験室診断

AFPは, ポリオ様急性弛緩性麻痺, 急性弛緩性脊髄炎, ギラン・バレー症候群等, 多様な臨床症状を示す疾患の総称であり, 様々な要因がAFP発症に関与しうる。そのため, AFP症例に由来する糞便検体のポリオウイルス検査は確定診断として不可欠であり, 野生株あるいはVDPV伝播の迅速な探知のためにも, きわめて重要である3)。AFP症例のポリオウイルス検査は, WHOポリオ実験室ネットワークにより高度に標準化されている。定期的な精度管理を含む詳細な検査方法が規定されており, WHO認証ポリオ実験室で検査を実施する4)。AFP症例から, 発症後できるだけ速やかに, 2回糞便検体を採取し, RD細胞およびL20B細胞の2種類の細胞を用いてウイルス分離を行う。分離株は, ポリオウイルス特異的リアルタイムRT-PCR法により, ポリオウイルス型, ワクチン株か非ワクチン株かの型別を行う。非ワクチン株と判定された分離株は, VP1全領域の塩基配列を解析し, 野生株, VDPV, あるいは, ワクチン株であるかを同定する。1型および3型ポリオウイルスの場合, OPV株と比較してVP1領域の塩基配列が1%以上の変異が認められた分離株はVDPVとしてWHOに速やかに報告する。2型については0.6%以上の変異が認められた場合にVDPVとするが, 2016年の三価OPV接種停止後は, 2型ワクチン株(Sabin 2株)検出事例についても報告の必要がある3)。日本では, 2018年5月にAFPが感染症法の5類感染症全数把握疾患に追加され, より正確かつタイムリーなAFP発生動向の把握が期待できる5)。その一方, AFP症例からの検体採取や実験室診断については課題が残されており, ポリオウイルスを含むAFP病原体サーベイランス体制の整備が進められている6)

 

参考文献
  1. The Global Polio Eradication Initiative(GPEI)
    http://www.polioeradication.org/
  2. 清水博之, IASR 37: 19-20, 2016
  3. The Global Polio Eradication Initiative: Res-ponding to a poliovirus event and outbreak.
    http://polioeradication.org/wp-content/uploads/2016/07/sop-polio-outbreak-response-version-20193101.pdf
  4. 清水博之, エンテロウイルス(ポリオウイルスを含む), ウイルス検査法, 日本臨床ウイルス学会, 147-156, 2018
  5. 厚生労働省健康局結核感染症課: 急性弛緩性麻痺の届出疾病への追加について
    https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/siryou2_6.pdf
  6. 厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「エンテロウイルス等感染症を含む急性弛緩性麻痺・急性脳炎・脳症の原因究明に資する臨床疫学研究」研究班: 急性弛緩性麻痺を認める疾患のサーベイランス・診断・検査・治療に関する手引き
    https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/AFP/AFP-guide.pdf
 
 
国立感染症研究所  ウイルス第二部・第二室
 清水 博之
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