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感染症発生動向調査における急性弛緩性麻痺報告例のまとめ

(IASR Vol. 41 p23-25: 2020年2月号)

背 景

2014年に北米, 2015年に日本において脊髄の画像異常所見を伴う急性弛緩性麻痺(acute flaccid paralysis: AFP)症状を有する患者が複数報告され1), 急性弛緩性脊髄炎(acute flaccid myelitis: AFM)の名称が提唱された2)。このAFMの疫学情報を把握する必要性が指摘されるようになったこと, また従来から世界保健機関(World Health Organization: WHO)より求められていたポリオ対策の一環として, 2018年5月1日から「急性弛緩性麻痺(急性灰白髄炎を除く。)」が5類感染症(全数把握疾患)に追加された。本稿では5類感染症のAFPとして届出された症例と, そのうちAFMが疑われる症例の疫学についてまとめた。

方 法

AFPサーベイランスが開始された2018年第18週~2019年第49週の期間に報告された症例を集計した。

AFP症例のうちポリオとAFMについて下記の通りに分類し, 年別報告数を集計した。ポリオウイルスが検出された者をポリオ確定例, ポリオに関する検査実施中や検査実施の有無・検体の種類・結果が不明, または検体採取が不十分な者をポリオ保留例, 適切な検体採取による検査でポリオが否定された者をポリオ除外例と分類した。ポリオウイルス検査における適切な検体採取は, 発症後14日以内に24時間以上の間隔を空けて採取した2回の便検体とし3), 検査方法は限定せずに集計した。また, 脊髄の画像異常所見を認める者をAFM疑い例とした2)

ポリオ含有ワクチン接種歴は, 不活化ポリオワクチン(inactivated polio vaccine: IPV)3回以上〔経口生ポリオワクチン(oral polio vaccine: OPV)との組み合わせを含む〕 IPV1−2回, OPV2回, OPV 1回, 接種歴なし, および接種歴不明と分類した。

検出された病原体の集計から下記を除外した。サイトメガロウイルスは, 感染後数年にわたって尿あるいは唾液中にウイルスを排泄するため, 尿や唾液のみからウイルスDNAが検出された例は除外した。同様の理由により, 咽頭ぬぐい液のみからヒトヘルペスウイルス6(Human herpesvirus 6:HHV 6), HHV 7, Epstein-Barrウイルス(EBウイルス)のウイルスDNAが検出された例も除外した。複数の病原体が記載されている者はそれぞれ集計した。

結 果

集計期間にAFPは216人が報告され, 2018年は141人, 2019年は75人であった(表1)。ポリオに関する分類では201人(93%) が保留例であり, 除外例は15人(7%)であった。ポリオウイルスが検出され, AFPの届出を取り下げ, 2類感染症のポリオとして届出を行った症例はなかった。AFM疑い例は64人であった。

AFM疑い例を除くAFP症例の年齢中央値は4歳(四分位範囲2~10歳), AFM疑い例の年齢中央値は3歳(2~7歳)であり, いずれの群も2018年の方が2019年よりも低年齢児の報告が多かった(表2)。ポリオ含有ワクチン接種歴はIPV3回以上, またはOPV 2回の者が176人(81%)であった。推定感染地域は国内が196人(91%), 国外が1人(0.5%), 不明が19人(9%) であった。47人から58種の病原体の検出が報告された。最も多かったのはエンテロウイルスD68(EV-D68)で14人から報告された。この全症例が2018年に報告され, うちAFM疑い例が7人であった。その他のエンテロウイルスとしてコクサッキーウイルス13人, エコーウイルス3人, エンテロウイルス型不明1人が報告された。弛緩性麻痺は単麻痺が52人(24%), 対麻痺が90人(42%)であり, 上肢(23人, 11%)よりも下肢(67人, 31%)に多かった。四肢麻痺は42人(19%), 呼吸筋麻痺は17人(8%), 顔面神経麻痺は23人(11%)で報告された。神経症状以外の症状は, 発熱が91人(42%)と最も多く, 次いで咳・鼻汁が63人(29%)であった。ギラン・バレー症候群等でみられる髄液の蛋白細胞解離は17人(8%)で報告された。

考 察

WHOは, ポリオ以外の原因によるAFPの罹患率が15歳未満の小児10万人当たり年間1人と推測していることから, この発生頻度をAFPサーベイランスの感度を評価する指標として推奨している3)。日本のAFP予想報告数は年間154人(2018年10月1日時点の国勢調査人口より計算)であり, 2018年はWHOの基準を満たす報告数であったが, 2019年は予想報告数の約半数であった(2019年第49週時点)。2018年はAFP症例に占めるAFM疑い例の割合が141例中49例(35%)と2019年(20%)より高く, 2018年のAFP報告数が2019年よりも多い一因と考えられた。

AFPとして報告され, ポリオウイルスが検出された症例の報告はなかったが, 報告例の93%は保留例と分類した(表1)。ポリオウイルスが否定されていることを確認するために必要な情報を把握する仕組みを作ることが今後の課題と考えられた。

これまで, AFMの原因病原体としてコクサッキーウイルスA16, エンテロウイルス(EV)-A71, EV-D68等の関連が疑われている1,4,5)。本邦におけるAFPサーベイランスでAFM疑い例と分類された者のうち, EV-D68が検出されたのは7人であり, コクサッキーウイルスは4人であった。EV-A71の報告はなかった。

制 約

ポリオウイルス検査結果や採取された臨床検体の情報は届出様式に含まれておらず, ポリオ保留例に除外例が含まれている可能性が高い。また検出された病原体の記載が必須ではないため, 前述の病原体検出数は実際より少ない可能性がある。脊髄の画像検査が未施行の場合, 届出票に記載のある「脊髄の画像異常所見あり」が選択されないため, AFM疑い例は前述の人数よりも多い可能性がある。

謝 辞:平素より感染症発生動向調査にご協力いただいている関係者の皆様に深謝いたします。

 

参考文献
  1. Chong PF, et al., Clin Infect Dis, 2018
  2. USCDC, AFM 2020 Case Definition
    https://wwwn.cdc.gov/nndss/conditions/acute-flaccid-myelitis/case-definition/2020/
  3. WHO, Best practices in active surveillance for polio eradication
    https://www.who.int/polio-transition/documents-resources/best-practices-active-surveillance.pdf?ua=1
  4. USCDC, AFM Investigation
    https://www.cdc.gov/acute-flaccid-myelitis/afm-investigation.html
  5. The UK AFP task force, Eurosurveillance, 2019
 
 
国立感染症研究所感染症疫学センター
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