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エンテロウイルス感染による急性弛緩性麻痺の病理

(IASR Vol. 41 p25-27: 2020年2月号)

髄膜炎や脳脊髄炎などの神経病原性を発揮するエンテロウイルスとしてはポリオウイルスが代表的で, 他にエンテロウイルスA71(EV-A71)とコクサッキーウイルスBが知られている。一方, エンテロウイルスD68(EV-D68)は発熱や鼻汁, 咳, 喘息様発作, あるいは呼吸困難等の重度の症状を伴う肺炎を含む様々な呼吸器疾患を呈すが, 弛緩性麻痺を発症した患者の上気道からEV-D68が検出された事例が欧米や日本などから報告されており, 弛緩性麻痺患者/急性弛緩性脊髄炎(AFM)の一部における関連が疑われている。本稿ではこれらの神経向性エンテロウイルスによる急性弛緩性麻痺の発症病理について患者症例, あるいは動物モデルから得られた知見について紹介する。

ポリオと非ポリオエンテロウイルスによる麻痺の発症病理

定型的な麻痺型ポリオ(小児麻痺)は急性灰白脊髄炎(acute anterior poliomyelitis)によるが, 稀に球麻痺(bulbar polio)を発症し呼吸障害により致死的となることもある。病理学的には脊髄や脳幹, 大脳皮質に存在する運動神経細胞にウイルスが感染・伝播し灰白髄炎を引き起こすことに起因する1-3)。特に下肢の麻痺が多く報告されるが, これは主に腰髄前角の病変に因るものである。また, その傷害の程度によって, 四肢のいずれかに筋力低下や萎縮を後遺症として残すことがある。図1に昭和30年代に脳灰白質炎polio-encephalitisと病理解剖学的診断された成人剖検例の組織像を示した。

手足口病やヘルパンギーナの原因となるEV-A71も神経細胞に感染し, ポリオ様の麻痺を引き起こすことが知られているが, 特に脳幹で激しい炎症が起きた場合に神経原性肺水腫を発症し致死的となるとされている2,3)。また, コクサッキーウイルスBは心筋炎や膵炎の原因となるが, 新生児や小児には無菌性髄膜炎, ポリオ様の麻痺や急性脳炎, さらに垂直感染の結果, 胎児や新生児にウイルス血症による全身のウイルス感染症を引き起こすこともある1-3)。これらの非ポリオエンテロウイルスによる麻痺は一般的に軽症で, 多くは1~2カ月以内に治癒するとされる1)

ポリオをはじめとするこれらのエンテロウイルスの神経病原性については, 主に非ヒト霊長類や新生仔マウス等の動物モデルを用いた病理学的研究によって理解されてきた4-6)。これらの神経向性エンテロウイルスはサルあるいは新生仔マウスの大型の錐体神経細胞にも感染する。高力価の野生型1型ポリオウイルスを静脈内接種するとサルは後肢から始まる進行性の弛緩性麻痺を発症する。これらの個体は典型的な急性灰白髄炎像を呈するが, 急性期の個体では, 脊髄前角にウイルス抗原陽性の大型の神経細胞が観察される。実験的感染サルにおいて, ポリオウイルスは錐体路(特に脊髄, 視床と大脳皮質運動領の大型な神経細胞)に感染が限局する一方で, EV-A71感染サルでは錐体路と錐体外路を含む中枢神経系の広範で強い炎症像を示した7)。ウイルスの宿主特異性はウイルスレセプターによって決定されていることが明らかとなっているが, ポリオではなぜ下肢の麻痺が多いか等, それぞれのウイルスによる神経症状の発症病理については未だ十分に理解されていない。

エンテロウイルスD68感染症の病理像

病理解析が実施されたEV-D68感染後の脳炎患者の症例報告は, 現在までに1例のみである8)。2008年秋, 米国在住の健康な5歳男児の1例で, 初症状は感冒様疾患, 発症2日目には上腕に進行性の麻痺を発症し, 4日目には膀胱麻痺, 歩行困難となり急速に状態が悪化し死亡した。髄液からウイルスゲノム(VP1領域)が検出されたが, 脳組織やホルマリン固定肺組織からは検出できなかった。病理診断は, 出血を伴った急性肺炎と髄膜脊髄脳炎(meningomyeloencephlitis)であった。組織検索によって, 髄膜, 小脳, 中脳, 橋, 延髄と頚髄に広範なリンパ球性の髄膜炎と脳炎が認められ, 運動神経細胞に顕著な神経食現象が観察された8)

我々は, 2015年秋のEV-D68の流行時に感染症発生動向調査により分離された呼吸器疾患患者由来株9)を用いてEV-D68脳内接種後の新生仔マウスにおける病像を観察した。これらの動物は, 接種5日目頃から前肢から始まる弛緩性麻痺を発症した。接種3日目の未発症個体の頚髄前角における大型の神経細胞では, ウイルス抗原が観察されたが, 接種6日以降の発症個体では感染部位は炎症に置き換えられ, ほとんどウイルス抗原は検出されなかった(図2)。麻痺は3週間以上持続したが, これらの個体の脊髄前角では, 炎症は終息し, 大型の神経細胞の消失とアストログリアの置換が観察された。また, 新生仔マウスにおいて, 病変部付近の骨格筋にもウイルス感染とそれに伴う炎症像が認められ, 3週目には麻痺側肢の骨格筋の萎縮が観察された。以上のことから, AFM発症患者のMRI画像で認められる脊髄や脳幹の灰白質病変がウイルスに因るものであれば, ポリオとほぼ同様の感染病理であることが推察される。EV-D68のマウスの骨格筋親和性がヒトに外挿できるかは不明である。

 

参考文献
  1. 青山友三ら編「ウイルス感染症の臨床と病理」医学書院 143-153: 200-202, 1991
  2. Procop GW, et al., Pathology of Infectious dis-eases: 188-192, 2015
  3. Muehlenbachs A, et al., J Pathol 235: 217-228, 2015
  4. Bodian D. Am, J Public Health Nations Health 42(11): 1388-1402, 1952
  5. Hashimoto I, et al., Arch Virol 56: 257-261, 1978
  6. Knipe DM, et al., Fields Virology 6th Ed. Wolters Kluwer Lippincott Williams & Wilkins: 490-530, 2013
  7. Nagata N, et al., J Gen Virol 85(Pt 10): 2981-2989, 2004
  8. Kreuter JD, et al., Arch Pathol Lab Med 135: 793-796, 2011
  9. 斎藤博之ら, IASR 38: 200-201, 2017
 
 
国立感染症研究所感染病理部
 永田典代 長谷川秀樹
国立感染症研究所ウイルス第二部
 清水博之
秋田県健康環境センター保健衛生部
 斎藤博之
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan