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Helicobacter pylori除菌療法後に発症した致死性劇症型Clostridioides difficile腸炎の1例

(IASR Vol. 41 p37-38: 2020年3月号)

はじめに

Clostridioides difficile感染症(CDI)は抗菌薬やプロトンポンプ阻害剤などの制酸薬などにより, 腸管常在菌叢のバランスが崩れ, その中でC. difficileが増殖し, 産生される毒素により腸管粘膜細胞が障害を受けたことに起因する一連の消化管感染症である。

一方, Helicobacter pyloriは胃潰瘍・十二指腸潰瘍の発生の主原因として特定され, またH. pyloriの除菌が再発胃がんの抑制に寄与することが報告されてきた。国内では複数の専門学会からH. pyloriの除菌療法の積極的な実施が勧奨されており, 現在では潰瘍病変が無くとも慢性胃炎の診断のみで制酸薬と複数の抗菌薬の組み合わせによって除菌療法が保険医療内で行える仕組みが整い, 広く一般的に行われるようになってきた。

今回我々はこういった背景のもと, 複数回のH. pylori除菌療法を行った後に劇症型CDIを発症し, 集中治療を行ったにもかかわらず残念にも死の転帰をとった症例を経験したので報告する1)

臨床経緯

症例70代男性

主訴は水様性の下痢と全身倦怠感。2016年にH. pyloriに対して3次除菌療法(vonoprazan, amoxicillin, sitafloxacin)を行った。除菌治療終了2日後から水様性の下痢が出現し(第1病日), 症状が改善しないため, 第4病日に近医を受診。下痢に対し対症療法を施されて帰宅となったが, 症状改善はなかった。その後, 下痢に加えて倦怠感も出現するようになったため, 第7病日に再診した。原因不明の下痢症として入院となったが, 著しい白血球増多とその後の症状に改善が認められなかったため, 敗血症の疑いで翌第8病日に当院救命救急センターに転院搬送となった。既往はA型肝炎に罹患(48歳)。近医で高脂血症や高尿酸血症などの生活習慣病のフォローを受けていた。

搬送後の当院到着時の理学所見では意識は若干朦朧としており, 血圧115/64, 心拍数100/分/整, 呼吸回数36回/分であった。頭頚部には特記事項なく, 胸部聴診上も特記すべき異常所見はなかった。腹部は全体的にやや張っている印象ではあったが, 軟らかく, 腹部全体に軽度の圧痛を認める程度であった。その他神経学的所見を含めて特記すべき異常を認めなかった。

当院転院時の白血球は70,000/mm3以上と異常高値であり, 肝機能障害, 腎機能障害, 電解質異常から多臓器不全と考えられた。また血小板減少やD-ダイマー, 血中FDPの増加から播種性血管内凝固の併存も強く疑われた。腹部CTの画像からは結腸の浮腫性変化を伴う重層構造が明らかに判別でき, 腸管粘膜の何らかの障害を伴う変化の存在が疑われた。

転院時に患者の臨床経過と転院時症状から劇症型C. difficile腸炎を疑い, 患者の便中のグルタメートデヒドロゲナーゼ(GDH)抗原およびtoxin A/toxin Bが陽性であることを確認し, 診断に至った。後日培養検査から, 毒素産生性C. difficileの分離を認めた。速やかにメトロニダゾールの経静脈投与(500mg/8時間毎)と経口バンコマイシンの投与(500mg/6時間毎)を開始した。これらの治療にもかかわらず徐々に血圧低下をきたしたため, カテコールアミンの投与を行い全身状態の安定化を目指したが, 多臓器不全に伴う乳酸アシドーシスの制御が不能となり, 血液持続濾過透析を行った。転院当日の夜間に心肺停止となったが, 蘇生とエピネフリンの投与で自己心拍再開。その後, 腸管壊死に対する対応として, 壊死腸管切除術を実施した。人工肛門を造設し手術終了としたが, その後も乳酸アシドーシスの制御が不能な状態が続いた。当院転院翌日(第9病日)夕方に再び心停止となり蘇生を行ったが, 自己心拍再開せず, 死亡確認に至った。

分離C. difficile菌株に対して解析を行ったところ, toxin Aおよびtoxin Bは両方とも陽性であるがbinary toxin陰性で, PCR-ribotyping(RT)解析で002型と同定された。

考 察

現在, H. pylori除菌療法は胃がん予防を目的として日本で広く行われている。関連する学術団体もCDIのリスクに関して注意喚起を行っている。H. pylori除菌療法を行った患者におけるCDIの発生率は約1%と推定されているが2,3), 除菌療法に関連して現れる下痢症状に関する正確なデータは不足しているのが現状である。故に除菌療法後に下痢症状が認められても, CDI発症を疑わない臨床医が多いかもしれない。

2000年頃より, ヨーロッパと米国で, RT027(NAP1/ BI/027)やRT078などのbinary toxin陽性のC. difficile菌株が高病原性株として注目されてきた。日本では, RT018およびRT002が頻繁に検出されており, RT018またはRT002に起因する重度のCDIの報告もある4,5)。香港からの報告では, RT002は, 高齢者におけるCDI罹患率と致命率に関連しているため, 本株が病原性が高い株であるとの可能性が示唆された6)

H. pyloriは胃潰瘍および十二指腸潰瘍の主な原因として特定されており, 複数の抗菌薬を使用した除菌療法は, 再発性胃がんの抑制に寄与すると報告された。

国内ではいくつかの学術団体が, H. pylori除菌療法の予防的実施を推奨している。一般的には除菌療法は安全とみなされているが, CDIの発症の懸念が常にある。

国内でもCDIによる死亡例が報告されており4,7), 除菌療法による劇症型CDIの発症リスクをより認識すべきであろう。特に高齢者において除菌療法を受けた後の下痢などの消化器症状に十分注意を払うことが重要である。

 

文 献
  1. Nei T, et al., J Infect Chemother 26(3): 305-308, 2020
  2. Hudson N, et al., Aliment Pharmacol Ther 9: 47-50, 1995
  3. Bühling A, et al., Aliment Pharmacol Ther 15: 1445-1452, 2001
  4. Senoh M, et al., J Med Microbiol 64: 1226-1236, 2015
  5. Kato H, et al., Anaerobe, 2019 doi: 10.1016/j.anaerobe.2019.03.007
  6. Wong SH, et al., J Infect 73: 115-122, 2016
  7. Tagashira Y, et al., J Med Microbiol 62: 1486-1489, 2013
 
 
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