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重症例2例を含むClostridioides difficile感染症アウトブレイク事例

(IASR Vol. 41 p38-39: 2020年3月号)

はじめに

Clostridioides difficileは, 医療関連感染の重要な病原体のひとつである。本菌は, 芽胞の状態で乾燥やアルコールなどの消毒薬に耐性で, 医療関係者の手指を含む医療環境に生存し続けるため, 感染対策に難渋する。特に, いったん医療機関や高齢者施設で, C. difficile感染症(CDI)アウトブレイクが発生すると, 患者の苦痛はもちろん, 経済的な損失や医療スタッフ業務への負担も大きい。

2014年に, 感染防止対策加算1(480病床)の地域中核病院の内科病棟(A病棟)において発生したCDIのアウトブレイク事例について報告する。

アウトブレイク経過

47病床のA病棟にて, 某日(Day-1)に1例, 翌日(Day-2)に3例の患者がCDIと診断され, 2日間に4例のCDI発症を認めた()。この時点で, アウトブレイク発生と判断され, 感染対策チーム(ICT)の介入により, CDI患者の個室収容あるいは集団隔離, 手指衛生・環境衛生の徹底などの感染対策強化が開始されたが, Day-7に新たに2例においてCDIを発症した。その3日後(Day-10)には, 引き続きCDIと診断された2例において, CDIによるショック症状が認められた。この2例のうち1例は中毒性巨大結腸症によって翌日(Day-11)に死亡した。もう1例は, 菌血症を併発し, 血液培養でC. difficileが単独で分離された。同日, 緊急でICT会議が行われ, Day-11より病棟閉鎖措置として新規入院を制限し, 標準予防策と接触予防策の徹底, 消毒・清掃の強化を実施することとなった。病棟閉鎖中のDay-16に, さらに1例がCDIと診断され, 20日間に計9例のCDI患者が認められた。A病棟はDay-11からDay-20まで10日間病棟閉鎖を行った。A病棟のアウトブレイク期間を含む病棟閉鎖解除までの1カ月間のCDI発生率は, 酵素抗体法(EIA)による糞便中C. difficile毒素検出陽性患者数で算出して, 59.9/10,000 patient-daysであり, 非常に高かった。

細菌学的検査に関して

当院の当時のCDI検査アルゴリズムでは, 糞便中グルタメードデヒドロゲナーゼ(GDH)陽性・毒素陽性のケースはCDIと診断し, またGDH陰性・毒素陰性のケースはCDI否定として, どちらのケースでもC. difficile培養検査の依頼があっても培養検査は実施していなかった。GDH陽性・毒素陰性の場合は, 担当医の依頼があるときのみ培養検査を実施していた。

重症合併症が認められた2例においては, ショック症状を認める前に, 既に長期間の下痢症状が続いており, 各々CDIを疑って検査が行われていたが, GDH陰性・毒素陰性結果であったためCDIは疑われていなかった。本2例の臨床経過を後方視的に考察すると, GDHおよび毒素の偽陰性結果の可能性が考えられた。

本アウトブレイクを機に, 毒素陰性・GDH陽性である下痢患者においては, CDIと同様に感染管理を開始することになった。また, 複数の患者で下痢・腸炎を発症し, アウトブレイクが疑われる場合には, EIAと同時にC. difficile培養検査を行うこととした。

C. difficile菌株解析

分離されたC. difficile菌株の解析は, 平塚保健福祉事務所, 神奈川県衛生研究所, さらに, 国立感染症研究所の支援・協力のもとに, 行政検査として行われた。重症例2例の糞便および血液からの分離株および, アウトブレイク中の他の3例の糞便由来株3株について解析された。6菌株ともtoxin A陽性toxin B陽性binary toxin陰性株であり, PCR-ribotype(RT)002と型別された。

考 察

本事例は, 内科病棟において発生したCDI急性アウトブレイクと考えられた。当時のCDI検査アルゴリズムでは, 糞便検体中毒素陰性であれば, 確認試験がなされずにCDIが否定されていたケースがあった。毒素産生性C. difficile分離培養検査と比較すると, 毒素検出の感度は41%と低い上, GDH検出検査の感度も73%と高くないことが報告されている1)。毒素陰性のケースに加え, 重症例2例のように, GDH陰性・毒素陰性という検査結果から見過ごされ, 治療・感染対策開始が遅れたために, 重症化およびアウトブレイクにつながった可能性が考えられた。

CDI本事例の流行株と推定されたRT002株は, 日本の医療機関において, 優勢株のひとつである2)。香港では, RT002株は最優勢株であり, 加えて, 重症化との関連が高いという報告がなされている3)。本アウトブレイク中に診断された重症例2例において, 長期間の抗菌薬使用を含めた宿主側因子, さらに, CDIの診断が遅れたことによる治療開始の遅れは重症化に深く関与していると思われるが, 加えて, RT002株による感染の影響も考えられた。

CDIは高齢者に多い感染症で, 高齢者は複数の医療機関や高齢者施設間での移動を繰り返すことが多い。本事例においては, 自治体の支援により行政検査が可能となった。CDI対策は, 各々の院内での感染対策はもちろんであるが, 地域での感染対策が今後の課題と思われた。

 

参考文献
  1. Senoh M, et al., Anaerobe 60: 102107, 2019
    https://doi.org/10.1016/j.anaerobe.2019.102107
  2. Kato H, et al., Anaerobe 60: 102011, 2019
    https://doi.org/10.1016/j.anaerobe.2019.03.007
  3. Wong SH, et al., J Infec 73: 115-122, 2016
 
 
平塚共済病院
 古川奈々 太田久美子 川﨑 進 澤海健作 成田和順
神奈川県衛生研究所
 古川一郎
国立感染症研究所細菌第二部
 妹尾充敏 加藤はる
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan