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保健所が感染対策に介入したClostridioides difficile感染症アウトブレイク事例

(IASR Vol. 41 p41-42: 2020年3月号)

はじめに

2015年, 越谷市保健所管内の病院(約250床, 感染防止対策加算 2)においてClostridioides difficile感染症(CDI)による院内感染が発生したので, 経緯と対応について報告する。

アウトブレイクの経緯と対応

X病院において, 同一フロアの病棟A(回復期リハビリテーション病棟)および病棟B(一般病棟)の2病棟の入院患者において, 11名のCDI患者が認められたため, CDI集団発生として, 当保健所へ届出がなされた。11名は, 病棟A入院患者5名, 病棟B入院患者6名であった。届出のあった同日とその翌日に, 保健所職員が病院を訪問し, 感染症発生経過および現状, 院内感染対策の状況を確認した。CDI患者は全員オムツによる排泄であり, 食事は経管栄養か中心静脈栄養であった。経管栄養の単回使用医療用具の使用方法, 院内感染対策委員会の開催, 標準・接触予防策の徹底について助言した。

また, 届出日から2週間後に, 感染拡大の要因分析, 感染拡大防止の具体策, アウトブレイク終息の判断基準等の意見交換を目的とした, X病院と保健所共催による院内感染対策会議を開催した。この会議で, まず, 1)CDI症例定義が不明確であり, 適切なCDI検査が実施されず見過ごされていた患者がいること, 2)院内でのCDIの治療方針が周知徹底されておらず, バンコマイシン等の処方期間や処方量は主治医の判断に任され, 特にバンコマイシン治療が長期間継続されている患者がいること, 3)抗菌薬適正使用がなされていないこと, が指摘された。そこで, 抗菌薬使用中あるいは最近の使用歴がある患者で下痢症状を認めた場合には細菌学的検査(酵素抗体法による毒素検出, 毒素産生性C. difficile分離培養検査)を行うこと, 長期間のバンコマイシン使用は中止し, CDIの治療としては基本的にメトロニダゾールを第一選択薬とし, 症状の回復が認められない患者ではバンコマイシンに変更することを決めた。また, 国立感染症研究所(感染研)で分離菌株における行政検査を実施することを決定した。

一方, 上記会議2日後に多剤耐性緑膿菌(MDRP)による感染症例5名の発生, その3日後にCDI患者1名の糞便検体からバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)が検出されたとの報告があり, CDIに加えて, MDRPやVRE感染に関する治療方針および症例定義の明確化について助言し, CDIアウトブレイク届出日から3週間後に臨時の立入検査を実施した。立入検査の結果, 目的が不明確な抗菌薬の長期投与がされていること, CDIの治療経過をみるため等の不要な検査が頻繁に行われていること, 排泄ケアの途中で手袋やオムツ等の物品を取りに行く等の行為により清潔物品が汚染されていること, 環境整備やスタッフの手指衛生が不十分であること, 院内でCDIを含むすべての感染対策に対する意識が低く命令系統が不明確であることが分かった。抗菌薬の適正使用, ケアに関する手技, 標準・接触予防策, CDIに加えMDRPやVRE感染症例定義の見直しについて支援・介入した。

感染研で行われた行政検査では, 解析したC. difficile 15菌株のうち14菌株が, toxin A陽性toxin B陽性binary toxin陰性で, 同一PCR-ribotype(RT)018"と型別され, X病院内でC. difficile RT018"が伝播したことが推察された。残りの1株は, 他院からX病院に転院時に既に下痢をしていた患者からの分離株で, toxin A陽性toxin B陽性binary toxin陽性株でRT027であった。前医療機関を所轄する保健所には本件に関して連絡を行った。

当保健所内において, 行政検査や立入検査の結果を踏まえ, CDIの感染は2病棟に限らず他の病棟にも拡大していないか確認できていないこと, 感染対策の強化によりCDI患者数は除々に減少しているものの, MDRPおよびVREによる感染症例の新規発生があったこと, X病院からの説明や報告と現状の不一致があり全体像が把握できないこと, 保健所の介入後に感染対策がどのように実施されているか改善報告がないこと, 保健所が促さないと臨時感染対策委員会が開催されないこと, 感染患者発生の探知方法や報告・命令系統が不明であること, が問題点として挙げられ, 病院指導, および, 感染研の担当部から参加を依頼し勉強会を行うこととなった。

その後, X病院は系列病院グループのInfection Con- trol DoctorやInfection Control Nurse(ICN)による研修や院内ラウンド, 感染研担当部が参加しての勉強会および, 66日間に及ぶ入院制限や転棟制限等を実施し, 届出2カ月後には新規感染患者が2名まで減少した。

しかし, 最初のアウトブレイクのピーク4カ月後に, 7名の新規CDI患者が認められた。7名は, 病棟B入院患者5名, 病棟C(一般病棟)入院患者2名であった。また, 7名のうち3名は, 1回目のアウトブレイク時に発症した患者の再発例であった。X病院は, 2回目のアウトブレイクと考え, グループ病院の対策会議における協議やICNの介入, 抗菌薬使用の適正使用等による対策を強化した。また, 2回目のアウトブレイクの原因は, 最初のアウトブレイク中の患者数がいったん減少したため, 標準予防・接触予防策の徹底が不十分になっていた可能性が考えられた。

2回目のアウトブレイクから1カ月後に, 抗菌薬の適正使用や標準予防・接触予防策, 汚物処理の方法について再徹底を図るなどの, 院内での感染対策が再度徹底されたことが確認されたため, 保健所による支援・介入は終了した。

考 察

保健所では様々な感染症対策にかかわるが, 本CDIアウトブレイク事例の感染対策で特に注意した点は, 1)CDIを疑う患者の探知方法, 2)不適切な抗菌薬使用を避ける, 3)標準予防・接触予防策の徹底, 4) オムツ交換の手技, 5)汚物処理室での処理方法, 6)単回使用医療用具の使用方法であった。また, 感染研, 埼玉県衛生研究所, 地域の感染症専門医等からの支援のもと, アウトブレイクの早期終息に向けた対策と今後の対策を踏まえた打ち合わせ, 会議, 勉強会を頻繁に行い, お互いの共通認識のもとに対応した。

本事例から, 病院においては, 平時からのCDIに関する臨床像の把握, および適切な検査と感染対策に関する知識と理解, さらに, CDIを含めた感染症全般に関して標準予防策, 環境整備, 物品の取り扱いの徹底が重要であると再認識した。また, 保健所においては, 医療機関が相談しやすい顔のみえる関係づくり, 医療法担当と感染症法担当の情報共有, 病院が実施する院内感染対策の評価, 実地疫学調査に関する知識の向上, 地域での感染症に対する評価, 衛生研究所や感染研, さらには保健所間での連携が重要であると考えている。今後も医療機関が相談しやすい良好な関係を築き, 地域全体で感染症対策ができる体制を構築していきたい。

最後に, 本事案に関して, 御協力いただいた関係機関の皆様に心より感謝申し上げます。

 
 
越谷市保健所
 奈良朋代 三澤 修
国立感染症研究所細菌第二部
 妹尾充敏 加藤はる
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