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宗教団体の研修会を発端とした麻疹集団発生事例

(IASR Vol. 41 p56-57: 2020年4月号)

2019年1月7日, 三重県に対して他県から三重県内の成人の麻疹患者発生の情報提供があった。患者は麻疹様症状がありながら, 三重県内で開催された宗教団体の研修会に2018年12月23~30日までスタッフとして参加しており, 28日から発熱, 30日に発疹が出現していた。研修会への参加者は54名(うち20名は三重県外在住)であった。研修を主催した宗教団体は, 医薬に依存しない生活を基にした信仰生活を重んじているため, ワクチンを接種していない参加者が多く, 同日, 三重県内からも同じ研修会に参加していた二次感染患者の報告があり, これらの未接種者を中心に多数の麻疹患者が発生することが予想された。

このため, このアウトブレイクの麻疹の症例定義を以下のように設定し, 調査を開始した。発症日が2019年1月3日以降, 感染症サーベイランスシステム(NESID)を通じ三重県に届出があった症例のうち, 確定例:①麻疹に特徴的な発疹, ②発熱, ③咳, 鼻水, 結膜充血などのカタル症状すべてを認め, かつ届出に必要な病原体診断を満たした者。修飾麻疹例:上記①から③のうち一つまたは二つを満たし, 届出に必要な病原体診断を満たした者。臨床診断例:本事例の確定例, 修飾麻疹例と疫学的リンクがあり, 上記①から③の症状を満たした者, と定義した。発症日は37.5℃以上の発熱もしくは発疹のいずれかが最初に出現した日とし, 病原体診断は, 分離・同定による病原体の検出, 検体から直接のPCR法による病原体の遺伝子の検出, 抗体の検出(IgM抗体の検出, ペア血清での抗体陽転または抗体価の有意の上昇)とした。

2019年1月3日から事例終息までに, 三重県からNESIDに報告があった患者は49例であった。症例は三重県内のほぼ全域から報告があり, 研修会で感染した二次感染例24例中20例(83%), 三次感染例19例中11例(58%), 四次感染例3例中2例(67%)に, 不明も含めてワクチン接種歴がなかった()。研修会の対象者が学生であったため, 若者での感染者が多く, 年齢群別では, 10代が27例(55%)と最多で, 次いで20代が13例(27%)と, 10~20代の症例が大半を占めた。症例定義別に集計すると, 確定例が31例(63%), 修飾麻疹例が12例(24%), 臨床診断例が6例(12%)であった。症状別では, 発熱が49例(100%), 発疹が34例(69%), カタル症状が34例(69%)であり, 死亡例の報告はなかった()。なお, 二次感染例は研修会参加者がほとんどで, 三次感染と四次感染は主に家族内(41%), 学校(27%), 医療機関(23%)で認められた。

本事例はワクチン接種率が極端に低い集団を発端とした国内で初めてと考えられる麻疹アウトブレイクであった。患者が若者中心であったこともあり, 感染が一気に広域に拡がったこと, さらにはインフルエンザの流行時期と重なったことから, 医療機関では発熱患者の対応に苦慮した。そのため, 三重県では県内の麻疹症例や接触者情報を整理し, 現状把握の利便性や即時性を高めるとともに, 感染拡大防止のための情報共有を目的とした情報伝達媒体を用いて保健所や医師会等に事例終息まで毎日発信した。内容はアウトブレイク発生状況(流行曲線やリンク図, ガントチャート等の疫学情報)や県庁の対応状況に関するものであった。情報伝達媒体の作成は, 継続性と情報集約化, さらには県庁と役割分担をしながら対応することを目的として, 三重県保健環境研究所の感染症情報センターが行った。

3月1日に三重県から本事例の終息宣言がなされた。感染の急速な拡がりは, ワクチン未接種の集団に麻疹ウイルスが入り込んだこと, 多くが医療に消極的な宗教団体患者であり, 医療機関への受診が遅かったこと, 患者の年齢層が中高生中心で行動範囲が広かったことが挙げられた。一方で, ほぼ2カ月で終息を迎えられた要因は, 各症例への素早い積極的疫学調査の実施と, 探知された接触者への対応が挙げられた。また, 患者の多くを占めた二次感染の症例の多くがワクチン未接種者であったが, その周囲が2回接種世代であり, 定期接種による高い接種率を達成していたために, 三次感染以降の感染拡大が抑えられたと考えられた。

本事例を踏まえ, 平時より県内の保健所や医療機関へアウトブレイク発生時, 迅速に患者情報を共有できるシステムの構築を含めた円滑な対応実施の準備と, MRワクチンの高い定期接種率の維持を行うことの重要性が示唆された。また, 地域のワクチン未接種集団の把握に努め, 麻疹やワクチンについての正しい情報を県民全体に提供し, 麻疹予防とワクチンの高い接種率の維持に努めることが重要である。

 
 

三重県薬務感染症対策課
 下尾貴宏 金谷康子 小掠剛寛 
三重県保健環境研究所
 原 康之     
三重県鈴鹿保健所  
 西岡美晴

国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース
 竹田飛鳥 川上千晶
国立感染症研究所感染症疫学センター
 神谷 元 松井珠乃 砂川富正 大石和徳

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