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大腸菌の血清型別PCR法

(IASR Vol. 41 p69-70: 2020年5月号)

大腸菌のO血清群(O群)とH型の判定には, PCR法が利用できる。手順やプライマー配列の詳細については, 「腸管出血性大腸菌(EHEC)検査・診断マニュアル 2019年9月改訂」(https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/EHEC20190920.pdf)を参考にされたい。

血清型別の概要

大腸菌の血清型はO群とH型を組み合わせたO:H型により表され, 分離株を細分類する際のゴールドスタンダードとなっている。O抗原とH抗原の実体は, それぞれ菌体表層に発現するリポ多糖の糖鎖部分(O抗原糖鎖)と, 細菌の運動器官であるべん毛の主要構成タンパク質(フラジェリン)である。大腸菌の血清型に関する国際的な基準はデンマーク国立血清学研究所(Statens Serum Institut:SSI)が管理しており, 2020年3月現在, O1からO188までのO群と, H1からH56までのH型が規定されている。分離株の血清型が同じであれば, 同一起源から分岐したクローン集団であると予測でき, EHECをはじめとする病原性大腸菌の調査を行う上での重要な情報となる。SSI Diagnosticaからは, 規定されている全血清型に対応した抗血清が販売されている。しかし, それぞれの抗血清は高価で, すべての混合血清と単味血清を各機関で備えておくことはコスト面で難しい。一方で, 国内メーカーから販売されている大腸菌免疫血清は50種類のO群(混合血清に含まれないO45およびO104を加えると52種類)と22種類のH型のみが対象となる。

EHECにみられるO群の傾向

EHECは志賀毒素を産生し, 感染者の一部は出血性大腸炎や溶血性尿毒症症候群(HUS)などを呈して重症化することから, 特に注意が必要とされている。EHECの代表的なO群はO157とO26であり, さらにO111, O103, O121, O145と続く。本誌で報告された2014~2018年の5年間のデータによると, 上記6種類のO群は, ヒトから分離されたEHEC全体の約94%を占めた。一方で, 残る6%(約600株)にはO91やO165をはじめとする計75種類のO群が確認された。そのうちの19種類では血便やHUSを呈した患者由来株が含まれ, さらにそのうちの10種類は国内メーカーの免疫血清が対象としないO群であった。

O-genotyping PCRの特徴

稀な血清型に属するEHECが原因だと考えられる重症化事例も散発しており, 広域なO群にも対応できる検査法を備えておくことが望まれる。その対応策として, Escherichia coli O-genotyping PCR(Og-typing PCR)が利用できる。O抗原の合成にかかわる遺伝子の一部はそれぞれのO群に特有な塩基配列を有しており, Og-typing PCRは, それらを標的とした162種類のプライマーペアを含む20種類のマルチプレックスPCRキットからなる。本法を用いることで広域なO群の網羅的かつ短時間での判定が可能となる。

Og-typing PCRの評価結果1)

・ O1からO187までの参考株を用いた評価:O群とPCRの結果が100%一致

・ O群が判明している野生株579株(176種類のO群)を用いた評価:O群とPCRの結果が91%一致(不一致:2%, 2種類のPCR産物:1%, PCR産物なし:6%)

H-genotyping PCRの特徴

同じO群であってもH型が異なれば系統群な関連性は無い(または遠い)ことが多く, ゲノム構造も異なることから, 表現型や保有する病原性遺伝子レパートリーも違ってくる()。つまり, H型を決定してO群の情報と組み合わせることで, より詳細な菌株情報を得ることができる。しかし, 凝集試験によるH型別の弱点として以下の2つが挙げられる。1つ目は, H抗原の準備に手間と時間がかかる点である。明瞭な凝集反応を観察するためには, べん毛を十分に発現させた菌体が必要となる。そこで抗原を準備する際には半流動培地で2-5回の転培を行うため, 2~3日を要する。2つ目は, 運動性を有さない菌株はべん毛を発現していないために型別できない点である。糞便や環境から分離される大腸菌の一部は運動性を有していない。例えば, ヒトから分離されるEHEC O157とO26の5-10%, EHEC O111の少なくとも80%は運動性が無い。そのため, これら非運動性株は, 「H-またはHNM(non-motile)」とひとまとめにせざるを得ない。これらの解決策として, E. coli H-genotyping PCR(Hg-typing PCR)が利用できる。フラジェリン遺伝子(fliCなど)上にはそれぞれのH型に特有な塩基配列があり, それらを標的とすることで識別が可能となる。Hg-typing PCRは, それぞれのH型を識別できる51種類のプライマーペアを含む10種類のマルチプレックスPCRキットからなる。非運動性株であってもフラジェリン遺伝子を完全な形で保有しているケースが多く, PCR法であれば本来のH型を推定することができる。

Hg-typing PCRの評価結果2)

・ H1からH56までの参考株を用いた評価:H型とPCRの結果が100%一致

・ H型が判明している野生株277株(49種類のH型)を用いた評価:H型とPCRの結果が100%一致

・ 非運動性76株を用いた評価:全株がいずれかに型別(その後の研究で, 非運動性株の中にはfliCを欠失しているために判定不能となるケースも確認されている)

PCR法の留意点

Og-typing PCRの評価において, 不一致となった2%の試験株の詳細は, 「PCRの結果に応じたO群血清でも凝集したが, 他の血清でより強く凝集したためにそちらを最終判定結果とした」ケースと, 「標的遺伝子は保有していたが, それに応じたO群血清ではまったく凝集しなかった」ケースであった。以上の結果より, 血清による非特異的凝集と, 機能を失った遺伝子(または他の用途で使用される類似遺伝子)の存在が, それぞれの不一致の原因であると推察された。試験株の6%ではいずれのキットにおいてもPCR産物が得られなかった。これら判定不能株のゲノム解析を行ったところ, 既報のO抗原合成遺伝子から70-95%程度に塩基配列が多様化したものや, 新しいタイプが複数みつかった。一部の新規タイプについては既に判定プライマーを開発し, 配列情報などを公開している3,4)。PCR法を利用する際には, ごく一部でこのような不一致となるケースがあることに留意する必要がある。今後も病原性や疫学情報を考慮しながら, 判定不能株への対応(検査法の開発)を検討していく予定である。

 

参考文献
  1. Iguchi A, et al., J Clin Microbiol 53(8): 2427-2432, 2015
  2. Banjo M, et al., J Clin Microbiol 56(6): e00190-18, 2018
  3. Iguchi A, et al., Front Microbiol 7: 765 doi:10.3389/fmicb.2016.00765
  4. Iguchi A, et al., Microb Genom 3(9): e000121, 2017
 
 
宮崎大学農学部
 井口 純

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