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2019年に報告された腸管出血性大腸菌集団感染事例の全ゲノム配列解析

(IASR Vol. 41 p70-71: 2020年5月号)

現在, 腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の早期検知や原因の究明を目的としたサーベイランスでは, multilocus variable-number tandem repeat analysis(MLVA)やパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法といった分子型別手法を用いた菌株間の比較が行われている。近年, 高速シークエンサーの実用化により, 集団感染等の調査に全ゲノム配列(whole-genome sequence:WGS)を用いた解析が確立されつつある。そこで, 2019年に発生した飲食店関連の集団感染由来株およびMLVA類似株のWGS解析を行った。

方 法

下記2事例の株について, MiSeq(Illumina)を用いてWGSを解読し, 既報(Lee, et al., Appl Environ Microbiol 2019;85)のパイプラインを用いて, 共通領域(コアゲノム)中の単一塩基多型(SNP)解析を行った。

事例1

本事例は, 全国的にチェーン展開する飲食店で食中毒として認定された事例であり(本号10ページ参照), 食中毒事例以外にも同一MLVA型(18m0541)の株が全国で分離されていた。本MLVA型と最も類似したMLVA型を示す国内株とは4ローカス(4カ所のリピート部位)で差異があり, 近縁型はみつかっていなかった。そのため, 本MLVA型の13株(A01-A13)についてSNP解析を行った。その結果, 既存の国内WGS解読株との間に近縁な株はみつからず, 最も系統的に近い株とは160カ所以上のSNPが存在した。一方, 同一MLVA型内では最大4カ所のSNPが存在するのみであった(図1)。このため, 解析した株はいずれも同一由来である可能性が示された。

事例2

本事例は, 食中毒と認定されなかったものの焼肉チェーン店での関連性が強く疑われる事例で, 東北から近畿地方の広範にわたる地域から患者が発生した。主なMLVA型(19m0487)を中心に, 同MLVA型のsingle locus variant(SLV, 19m0506, 19m0508, および19m0509)およびdouble locus variant(DLV, 19m0488)からなるコンプレックス(19c058)を形成していた。また, これらのMLVA型を示す株が, 該当焼肉チェーン店の食品および散発事例から分離されていた。そこで, 19c058の23株(B01-B23)について, 事例1と同様のSNP解析を行った。その結果, 同コンプレックスの株と国内WGS解読株で最も近縁な株とは40カ所以上のSNPが存在した。コンプレックス内でのSNPは0-5カ所であり, 解析した株はすべて同一由来である可能性が示された(図2)。

考 察

WGSとMLVAとの比較を行った既報(Lee, et al., Appl Environ Microbiol 2019;85)と同様に, MLVAでの差異が1ローカス以内(同一型またはSLV)の株間では, ごく少数のSNPのみ認められた。一方, 事例2のようにDLVが存在する場合にも, WGSを用いることによって菌株間の近縁性を示すことが可能であった。このように, MLVAのみでは集団感染の判断がつきづらい場合でも, WGSによってより蓋然性の高い分子型別が可能となった。しかしながら, いずれの事例の菌株においても, 近縁な国内由来株は見出されなかった。EHECの伝播経路の解明には, 患者, 食品, および動物由来EHECのゲノム情報のさらなる蓄積が求められる。

 
 
国立感染症研究所細菌第一部        
 李 謙一 伊豫田 淳 泉谷秀昌 大西 真

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