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国立感染症研究所における感染症発生動向調査(NESID)をベースとした広域食中毒探知の取り組み

(IASR Vol. 41 p75-76: 2020年5月号)

背 景

広域的に発生する腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の食中毒事例(広域事例)において, 原因食品の特定等の対策につなげるためには, 迅速な探知と早期の調査の実施が重要である。国立感染症研究所では, 感染症発生動向調査(NESID)の届出データを用いて広域事例疑いを早期に探知することに取り組んでいる。2017年末に広域事例疑い探知・アラートシステムを作成し, 2018年の試運用を通して改善を図っている。本稿では, 2019年に用いた改良版システムの概要および実績について報告する。

広域疑い探知システムの概要

過去データから算出した患者届出数のベースラインと現在の届出数の比較により, 特異な届出数増加を探知しアラートを発出する。ベースラインには, 過去5年, 前後1週の15個(3週×5年)の値の平均値を用いた。ただし, 患者届出数のままでは単一曝露(ポイント・ソース)の集団発生による特異な報告数増加が含まれるため, 単一の場所で発生した集団発生事例をクラスタ化し, ひとつの集団発生事例をひとつのイベントとしてカウントする方法を用いた1)。集団発生による患者増加の影響を除いた散発症例の増加に注目することにより, 広域食中毒による患者増加の可能性を探知する。過去と比較し特異な増加であることを示すアラート閾値は, 週当たりのイベント数およびベースラインからの逸脱度を組み合わせて段階的に設定した()。また, 各閾値に達したときの対応も合わせて設定した。なお, この閾値は2018年データで試行した場合の発生頻度等を考慮して設定したものであり, 今後, 2019年データを含め再検討を実施する予定である。

2019年の結果

2019年(6月から本格稼働)は, アラートレベル4段階のうち, レベル3が3回, レベル4が2回発生した。このうち4回について, 厚生労働省(食品監視安全課および結核感染症課)への情報提供を行った(O26VT2・第20週, O145VT2・第36週, O157VT1VT2・第44週, O157VT2・第46週)。第20週のO26VT2は, システムがレベル3として探知する数日前に感染症疫学センター内のEHEC監視チームが探知し, 情報提供に至った。レベル3として探知された第36週のO145VT2は, 報告地分布に偏りがみられたことから情報提供に至った。同じくレベル3で探知した第46週のO157VT2は, 性別・年齢分布の偏りと直近の報告の増加傾向を考慮して早めの情報提供を行った(情報提供後にレベル4に到達)。

考 察

広域事例疑いを早期に探知することができれば, 事例発生時の調査および介入の迅速化が見込まれ, 食品衛生行政上の貢献が期待できる。NESIDの届出データを用いた広域事例疑いの早期探知の取り組みにより, 2019年においては, 広域事例の疑いとして厚生労働省への情報提供を4回実施し, 複数の自治体に対する喫食状況調査等の早期実施に結びつけることができた。なお, 2019年に用いたアラート閾値()は2018年実績に基づく暫定的なものである。感度, 特異度, 発生頻度等のバランスを考慮しつつ, より迅速に探知するための閾値設定をさらに検討する予定である。また, 迅速探知により早められた調査開始を汚染源の同定につなげるための全体のスキームについて, 関係機関との調整を含めた検討を行うことも今後の課題である。

 

参考文献
 
 
国立感染症研究所感染症疫学センター

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan