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日本におけるネッタイシマカの分布, 侵入および定着

(IASR Vol. 41 p91-92: 2020年6月号)

ネッタイシマカは熱帯・亜熱帯地域に広く生息し, デングウイルス, 黄熱ウイルス, ジカウイルスの媒介蚊として知られている。幼虫は水瓶, 花瓶, 古タイヤ等家屋周辺の人工容器から発生し, 成虫は近縁種ヒトスジシマカと比べてヒト吸血嗜好性が強い。人的環境に適応し, 熱帯・亜熱帯地域の都市部に多い普通種である。アフリカ起源と考えられており, 大航海時代に船舶による人間の移動とともに世界中に分布を広げた1)。かつては沖縄県や小笠原諸島などで生息が確認されていたが, 現在は採集記録がない。一方で, 最近は航空機を介して海外から国際空港に侵入し, 一時的に繁殖する事例が確認されている。本稿では, 2000年以前と2000年以後のネッタイシマカの国内生息・確認状況について概説する。

2000年以前

かつては亜熱帯気候区に属する琉球列島と小笠原諸島に生息し, 信頼できる日本の初記録は1913年沖縄県那覇市からである2-4)。1931年の沖縄県のデング熱流行では, 35,000人以上が罹患し, 460人以上が死亡したとされているが, 当時は民家周辺で本種の密度が高く, 流行への関与が強く疑われている5)。小笠原諸島では, 1916年9月に父島からの採集記録がある6)。温帯気候区に属する九州以北では, 熊本県の天草地方牛深で, 1944~1952年まで南方からの船舶由来と考えられるネッタイシマカの侵入と9年間の生息が報告されている6,7)。本種の卵は乾燥耐性がある。1960~1961年の長崎市での実験によると, 胚が十分に発達していれば, 実験室および屋外環境下で半年近く乾燥に耐えるが, 9月以降, 冬に屋外で5カ月保管された卵の孵化率は2.7%と低かった8)。また, 屋内でも長期乾燥を経ると孵化後の死亡が多かった8)。約40年後に長崎市で行われた実験では, 1998年1~3月, 12月の屋外環境では, ネッタイシマカ幼虫は成虫まで達することができなかった9)。熊本県で本種の生息確認が9年間にとどまったのも, 越冬が厳しかったためと推測される。戦後, 琉球列島のネッタイシマカの数は急激に減少し, 1970年, 石垣島での記録を最後に, 米軍基地での侵入事例以外は報告がなく, 小笠原諸島も含めて日本では絶滅した3,10,11)

2000年以後

近年のグローバル化や地球温暖化を考えると, ネッタイシマカが国内へ侵入し, 定着する可能性は否定できない。実際に検疫所のベクターサーベイランスで, 2012年に成田国際空港で幼虫および蛹が発見された12)。その後2017年まで6年連続で成田国際空港, 東京国際空港, 中部国際空港で幼虫や成虫が採集されている13)。いずれも航空機に成虫が潜んで日本に侵入したと考えられるが, 産卵トラップの幼虫発見は侵入後の産卵を意味しており, 機内や空港内で吸血した可能性も否定できない。過去に成虫の発見はあったが, 幼虫の確認は2012年の成田国際空港の事例が初めてであった12)。これら空港では, ネッタイシマカの発見後迅速に殺虫剤処理が行われ, 幸いにも定着には至っていない12,13)。一方で, 2017, 2018年に中部国際空港で採集されたネッタイシマカからは, 強い殺虫剤抵抗性をもたらす遺伝子が検出されており, 今後は殺虫剤による駆除が容易ではなくなる可能性もある14)

ネッタイシマカは人的環境に適応しており, 幼虫発生源と吸血源となる人間が存在していれば, 屋内で容易に繁殖する。本種の主な侵入経路が航空機を介している可能性を考えると, まずは侵入先である国際空港の建物内で繁殖し, 定着する恐れがある。そこで津田ら(2013)はネッタイシマカの越冬・定着の可能性を調べるために, 2012年12月~2013年3月の間, 本種の侵入が確認された成田国際空港の屋内外で卵を保管後, 25℃で卵の孵化率および孵化幼虫の羽化率を調べた(卵の暴露実験)15)。また, 実験室で孵化させた幼虫の屋内外における発育を調べた(幼虫の暴露実験)。卵の暴露実験では, 屋内保管の卵の孵化率は61-76%であったが, 幼虫の死亡が多く, 羽化率は1-8%であった。屋外保管の卵の孵化率は6-77%, 羽化率は0-0.4%であった。幼虫暴露実験では, 1, 2月は屋外では全幼虫が死亡した。屋内では発育し, 日平均気温から求めた幼虫の発育限界温度は孵化直後幼虫で10.6℃, 4日齢幼虫で11.6℃であった。まとめると, ネッタイシマカの卵は乾燥耐性のために日本でも越冬可能であるが, 長期乾燥を経た卵は屋内でも孵化後の幼虫死亡が多く, 屋外ではさらに死亡が多くなる。冬に孵化しても屋外では低温によって死亡し, 羽化することができない。しかし, 卵が長期乾燥を経ずに屋内で孵化すると発育限界以上の温度では成長し羽化するといえる。実験から導き出された幼虫の発育限界温度から考えると, 日本ではおおよそ種子島以南においてネッタイシマカが定着する可能性がある。

人的交流・物流に伴い, 今後もネッタイシマカの侵入は続くと考えられる。検疫所のベクターサーベイランスによって, 本種を水際で発見, 空港から国内への分散を阻止していることは特筆すべきことである。過去の知見から, 温帯日本では特に冬の低温がネッタイシマカ定着の制限要因になると考えられる。しかし, 建物内に侵入すると, 繁殖する可能性がある。地球温暖化の推移とともに今後もネッタイシマカ, 特に殺虫剤抵抗性を獲得した集団の侵入を警戒し, サーベイランスを継続して行うことが重要である。

 

参考文献
  1. Mattingly PF, Ann Trop Med Parasit 51: 392-408, 1957
  2. 望月, 福岡医科大学雑誌 7: 1-65, 1913
  3. Tanaka, et al., Contrib Amer Ent Inst 16: 1-987, 1979
  4. 田中, 日本昆虫目録第8巻第1部: 181-201, 2014
  5. 宮尾, 海軍軍医会雑誌 20: 564-580, 1931
  6. 栗原, 衛生動物 54: 135-154, 2003
  7. 堀田, Med Entomol Zool 49: 267-274, 1998
  8. Ofuji K, 長崎大学風土病紀要 5: 209-222, 1963
  9. Tsuda Y & Takagi M, Environ Entomol 30: 855-860, 2001
  10. 宮城ら, 衛生動物 34: 1-6, 1983
  11. 当間ら, 衛生動物 34: 99-101, 1983
  12. Sukehiro, et al., Jpn J Infect Dis 66: 189-194, 2013
  13. 厚生労働省検疫所, 2020, ベクターサーベイランス報告書, Available from:
    https://www.forth.go.jp/ihr/fragment2/index.html
  14. 胡錦萍ら, 衛生動物 70 Supplement: 64, 2019
  15. 津田ら, Med Entomol Zool 64: 209-214, 2013
 
 
国立感染症研究所昆虫医科学部       
 比嘉由紀子 前川芳秀 沢辺京子 葛西真治

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