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2014年に国内感染例として発表されている, 兵庫県西宮市でのデングウイルス1型によるデング熱患者について

(IASR Vol. 41 p97-99: 2020年6月号)

2014年8~10月にかけて, おもに東京都内を感染源とする国内のデング熱流行が発生した1)。後方視的な調査の結果も含めて, 国内感染者数は160人以上に達した。国内感染患者の推定感染地は, 代々木公園周辺あるいは新宿中央公園である患者が8割以上を占めた。推定感染地が不明な患者を除くと, 推定感染地が東京都以外であった患者は3人であった。そのうち, 1人は千葉市内において, 都内で流行したデングウイルス1型(代々木株)に感染したと考えられた。もう1人は静岡県内で感染したと推定され, 都内の流行とは異なる株(静岡株)のデングウイルス1型に感染したと考えられた2)。残る1人は, 兵庫県西宮市内で, 都内で流行したものと同じデングウイルス1型に感染したと考えられた(兵庫株)。しかしその後の詳細な遺伝子解析等により, 兵庫県の患者は国外で感染した可能性も否定できないことが明らかとなった3)。本記事ではこの事例についての詳細を述べる。

2014年10月初旬に西宮市内の医療機関より西宮市へ, デング熱疑い症例の報告がなされた。その後デング熱簡易検査により本症例はデング熱であることが確認された。患者は西宮市内在住の女性で, 発病約2週間前から約1週間マレーシアに滞在し, 帰国していた。帰国後12日目に発熱を示し, 医療機関を受診した。発症2週間前にデング熱流行地域への渡航歴があったことから, 当初は輸入感染症例と判断された。しかし時期を同じくして, デング熱の国内流行が発生していたため, 国立感染症研究所ウイルス第一部に遺伝子検査が依頼された。遺伝子解析の結果, デングウイルス1型(兵庫株)に感染したことが判明し, さらにウイルスのE遺伝子(1,485ヌクレオチド)の塩基配列が代々木株と完全に一致したことから, 本患者は国内でデングウイルスに感染したものと判断された。本患者は帰国後に自宅で蚊に刺されたことを記憶していたこと, 帰国後東京周辺に滞在していなかったことから, 都内で国内感染を引き起こしたウイルスによるデング熱流行が西宮市内でも発生し, そこで代々木株に感染したものと考えられた。患者発生地域でデングウイルスを保持した蚊が生息している可能性があったことから, 直ちに患者自宅周辺での蚊の捕獲および駆除作業が行われた。捕獲された蚊からのウイルス遺伝子検出が試みられたが, 陰性であった。

静岡県での国内感染例から同定された静岡株もデングウイルス1型で, 遺伝子型も代々木株と同じGI型であったが, E遺伝子配列を調べた結果, 両株間で24ヌクレオチドおよび1アミノ酸の差異が存在した2)。このことは, 静岡株は代々木株とは明らかに異なる経緯で国内に入り込んだことを示す。一方兵庫株は, E遺伝子配列は代々木株と完全一致するものの, 他のゲノム領域(ゲノム全長は約10,700ヌクレオチド)がどうかは不明なままであり, 兵庫株が代々木株と同一配列であることを確認する必要があった。そこで私たちは, 代々木株と兵庫株の全長配列を決定し, 両株を比較した3)。両株間で2カ所塩基が異なることが明らかとなり, そのうちの1カ所(NS3遺伝子内)はアミノ酸置換を伴うことが判明した。さらに全長配列による分子系統学的解析によると, 兵庫株は代々木株の「子孫」というより, むしろ両株は「兄弟」の関係にあることがわかった()。一方で, 千葉市で同定されたウイルス(千葉株)は代々木株の「子孫」にあたることが示された。なお, これら3株は, シンガポールやマレーシアで2013~2014年に同定された株と非常に近縁であることがわかった。

西宮市で発生したデング熱発生例について, ①患者は発症の12日前まで, デング熱流行地であるマレーシアに滞在していた, ②患者由来の兵庫株の全長ウイルスゲノム解析により都内での流行株(代々木株)とは一部塩基配列およびアミノ酸配列が異なる, ③両株とも同じ年に同定されたマレーシア株と非常に近縁である, ④デング熱の潜伏期間は通常4日から10日程度であるが, 一般的には2週間程度までは潜伏期間と考慮される, ⑤患者発生地域で採取された蚊からウイルス遺伝子は検出されなかった(一部の都内の推定感染地の蚊からは, ウイルス遺伝子が検出されている4)), ことから, 当該患者は, 帰国後の西宮市でデングウイルス1型に感染したと考えるより, むしろマレーシアで感染したと考えるのが妥当と思われる。今回のように, 一部のウイルス塩基配列の解析だけで, 感染地を推定することは難しい場合がある。ウイルスの全ゲノムをより詳細に解析することは, デングウイルスの感染地域をより慎重に推定することを可能とし, デング熱の流行状況を把握する上で有用である。

 

参考文献
  1. Kutsuna S, et al., Emerg Infect Dis 21(3): 517-520, 2015
  2. Nakayama E, et al., Virus Genes 52(5): 722-726, 2016
  3. Tajima S, et al., J Infect Dis: 45-49, 2017
  4. Kobayashi D, et al., Am J Trop Med Hyg 98(5): 1460-1468, 2018
 
 
国立感染症研究所ウイルス第一部 
 田島 茂 中山絵里 前木孝洋 谷口 怜 林 昌宏 西條政幸

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