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新型コロナウイルス感染症クラスター対策

(IASR Vol. 41 p108-110: 2020年7月号)

2020年1月15日, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の症例が日本において初めて確認された。以降, 症例数の漸増を認め, 3月中旬には海外からの輸入例を契機とした流行がさらに拡大し, 4月7日緊急事態宣言へとつながった1,2)。様々な施策や行動変容による市民の接触機会の減少を通じて, 症例数は減少傾向となり(5月31日時点で1日の確定例は22例, 5月1~14日まで1,765例の確定例が認められたが, 5月15~31日までは600例), 緊急事態宣言は5月25日に解除となった。本邦では, COVID-19対策の重要な柱の一つとしてクラスター対策が行われてきた。症例が減少傾向である今, 新たな感染拡大に備えるべく, クラスター対策について振り返りたい。

COVID-19において, クラスターとは患者集団を指す3)。クラスターの発生により, 連続的に集団発生が起こり(感染連鎖の継続), 大規模な集団発生(メガクラスター)に繋がる可能性がある。クラスター対策とは, 日本のCOVID-19対策の一つの柱であり, 疫学情報の収集, 分析を通してクラスターの早期発見と対応を支援するだけでなく, 市民に対してはクラスターの発生しやすい場所, 環境, 行動を避けるよう啓発することで, クラスターの形成を防止することを目的としている。

クラスターの同定は, 積極的疫学調査に基づいて行われる。積極的疫学調査では, 発見された症例からその濃厚接触者を特定し, 前向きに感染のさらなる広がりを防止するのに加えて, 症例の行動歴を後ろ向きにさかのぼって(COVID-19の場合, 発症前14日間を目安)4), 感染源の同定を試みる。クラスターに伴う感染が疑われた場合には, クラスターが発生した場や状況を把握することで, そこから他の方向に広がった感染連鎖を見つけ, 断ち切る必要がある。これは, 他の感染症疫学調査でも行われる手法であり, 例えば, 結核の集団感染調査は, 保健所をはじめとする衛生主管部局の業務として長年行われているものである。これは, 前向きに濃厚接触者を管理するのみでなく, 症例の行動歴を後ろ向きにさかのぼることで, 感染源や曝露歴を特定し, 感染リスクが高い集団を見つけ, 封じ込めを行い, 新たな結核の発生を予防することに役立てられている5)

一方で, COVID-19は, 無症状や軽症例が多く, すべての患者を把握するのが実際的に困難である。感染者の多くが重い肺炎を起こす重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルスによるアウトブレイクと異なり, 感染連鎖を認識しにくい(6)。しかし, 次に述べる理由でクラスターを特定することに意義がある。

日本における感染者のデータを用いた分析では, 感染者の約80%が二次感染を引き起こさなかったことが示されている7)。一方で, ごく一部の感染者は多くの人に感染させ, クラスターを形成していた。つまり, クラスターが形成されなければ感染の連鎖は維持されないことになる。そのため, クラスター形成の機会を減らすことができれば, COVID-19の感染拡大を相当程度抑えることが可能であると考えられる。さらには, クラスターが特定されれば, そこから広がった感染については, クラスターとの繋がりにより検出されやすくなる。しかしながら, 認識されているクラスターから連鎖した症例がある一方で, それらとの繋がりが不明な症例, 聞き取り調査をしても感染機会や感染源がわからない“孤発例”が散見されることもある。このような場合は, 見えていない感染連鎖が水面下で進展しており, 確認されていない症例や認識されていないクラスターが地域内に存在している可能性がある。したがって, 次の大規模な感染機会へと繋がるリスクがあるため, 孤発例を認識した場合には, 詳しい行動歴を聴取し, クラスター発生の場となった感染源や感染機会を推定し, そこから派生している感染連鎖を見つけ出して断ち切る必要がある。孤発例を対照的に見つけ出すという意味でも, クラスターを認識把握しておくことが重要である。

クラスターの発生場所に共通する環境因子として, 国内では多くの感染伝播が「3つの密」と呼ばれる特定の環境で発生したことが, 流行の早い段階から明らかとなった(換気の悪い密閉空間, 多数が集まる密集場所, 間近で会話や発話をする密接場面)。

「3つの密」の条件が必ずしもすべてそろわなくても, 大声での発声や歌唱などは感染リスクになりうる, また息の上がるような運動が感染リスクを高めたと思われる事例も発生している。至近距離での会話機会が多い接客を伴う飲食店などでは, 多くの人が密集していなくても1人が複数の人と密接に接触するような場合にクラスターが形成される可能性がある8)。クラスター対策の重要な役割として, こういった共通する環境的および行動的要因を特定して, そのような場を避けるように市民に呼びかけることが重要である9)。市民がこうした場所・環境・行動を徹底的に避けることでクラスターの発生を予防することができると考えられる。また, 病院や高齢者・障害者施設でも多数の院内/施設内感染クラスターを認めている。このような場では, 通常リンクを追うことが可能である。また隔離など対策を実行しやすいために制御下に置きやすい。一方で, 対策が後手に廻ると感染拡大が起こりやすく(メガクラスターの発生), 感染すると重症化するリスクが高い集団がいることも多い。そのため, 国内外の感染の状況の子細な分析に基づく院内/施設内感染の対策・予防の徹底が望まれる。

本稿では, COVID-19に対して日本で行われているクラスター対策について記載した。クラスター対策の今後の展望としては, 感染拡大時のリソースの効率化を図るため, 積極的疫学調査や濃厚接触者の追跡を含め, サーベイランスへのIT技術の活用が重要になってくる。既知のクラスターの特徴を分析することに加え, 新たな形のクラスターを認めた際の迅速な分析・予防提言を行うシステムの構築も行っていかなければならない。また, 医療提供体制や検査体制の拡充といったロジスティックス, 水際対策といった異なる行政機関が関わる分野でのさらなる協調, クラスター対策の定量的な有用性の検証, などを今後さらに検討していく必要がある。短期に解決できる課題, 中長期的に取り組んでいく必要性があるもの, などさまざまであるが, 関係府省庁, 関係諸機関・諸団体, 関係学会等の支援を受けながら取り組んでいかれればと考えている。

謝辞:クラスター対策は, 全国保健所, 地方衛生研究所, 医療機関の多大なる支援のおかげで実施可能となっている。ここに謝辞を申し上げる。

 

参考文献
  1. Furuse Y, et al., Jpn J Infect Dis, 2020 Apr 30. doi: 10.7883/yoken.JJID.2020.271
  2. 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査,
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9586-genome-2020-1.html(閲覧2020/06/01)
  3. 新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(暫定版)-患者クラスター(集団)の迅速な検出の実施に関する追加-(2020年2月27日暫定版),
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html(閲覧2020/06/01)
  4. 新型コロナウイルス感染症患者行動調査票(2020年4月20日更新),
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html(閲覧2020/06/01)
  5. 結核集団発生調査の手引(ver. 1.01),
    https://jata.or.jp/dl/pdf/outline/support/syuudanhassei_tebiki_v1.01.pdf(閲覧2020/06/01)
  6. MMWR 52 (18): 405-411, 2003
    https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5218a1.htm
  7. Nishiura H, et al.,
    https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.02.28.20029272v1
  8. Furuse Y, et al., Emerg Infect Dis, 2020
    https://doi.org/10.3201/eid2609.202272
  9. Oshitani H on behalf of The Experts Members of The National COVID-19 Cluster Taskforce, Jpn J Infect Dis (accepted),
    https://www.niid.go.jp/niid/images/jjid/COVID19/No2_2020-363R1pre20200603.pdf(閲覧2020/06/07)
京都大学大学院医療疫学分野 神代和明    
京都大学ウイルス・再生医科学研究所 古瀬祐気
東北大学大学院微生物学分野 押谷 仁

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