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TMPRSS2発現細胞と呼吸器ウイルスの分離培養

(IASR Vol. 41 p115-117: 2020年7月号)

多くの呼吸器ウイルスの膜融合タンパクは, 膜融合活性のない前駆体として合成され, 特定のタンパク分解酵素(プロテアーゼ)の働きによって適切に切断(開裂)されることによって活性型となる(開裂活性化)。多くのウイルスで培養する時に, 細胞培養液にトリプシンを添加するのはこのためである。膜融合タンパクの開裂部位に連続した塩基性アミノ酸配列を持つウイルスの場合には, ゴルジ内のフーリンやPC5/6といったプロタンパク転換酵素で開裂活性化するため, 培養液中にトリプシンを添加する必要はない。例えば, 麻疹ウイルス(パラミクソウイルス科), RSウイルス(ニューモウイルス科)などがその例である。一方, 開裂部位に塩基性アミノ酸の連続配列を持たないウイルスの場合には, フーリンやPC5/6を利用できないので, 培養液中にトリプシンを添加する必要がある。季節性インフルエンザウイルス(オルトミクソウイルス科), ヒトメタニューモウイルス(ニューモウイルス科), 多くのパラインフルエンザウイルス(パラミクソウイルス科)などがその例である。

培養液中へのトリプシンの添加が必要な呼吸器ウイルスも, もちろん患者の気道内では適切に開裂活性化し増殖している。気道内で呼吸器ウイルスを活性化している主要なプロテアーゼの一つがTMPRSS2であることが明らかになっている1,2)。TMPRSS2は, Ⅱ型膜貫通型セリンプロテアーゼの一種で, 主には前立腺や気道上皮に発現している。TMPRSS2遺伝子を人工的に欠失させたマウスは至って健康で, TMPRSS2の生理学的意義は依然として不明である。多くの実験室で汎用されている培養細胞(Vero細胞, HeLa細胞など)には, TMPRSS2は発現しておらず, 一方, 極性化する性質を持った上皮系培養細胞(Calu-3細胞, Caco-2細胞など)には発現がみられるようである。しかるに, Calu-3細胞やCaco-2細胞を用いるとトリプシンの添加なしで, インフルエンザウイルスなどを増殖させることができる。しかし, 極性上皮細胞の扱いは, やや利便性に欠けるため, 日常的なウイルス分離作業には不向きであるかもしれない。これまでに私たちは, 遺伝子工学的にTMPRSS2を恒常発現させたVero細胞やVeroE6細胞(Vero/TMPRSS2細胞とVeroE6/TMPRSS2細胞)を報告してきた3,4)。最近, これらの細胞株(特にはVeroE6/TMPRSS2細胞)が, SARS-CoV-2の分離, 増殖, 研究に非常に有益であることが明らかになっている5)

TMPRSS2を発現していない細胞でも, トリプシンを添加すればウイルスを開裂活性化することができる。ただしその場合, 培養液中に胎児牛血清(トリプシン阻害物質を含む)を入れて細胞を培養することができず, トリプシンの影響もあり, 培養期間中に細胞が傷むことがある。一方, Vero/TMPRSS2細胞やVeroE6/TMPRSS2細胞は, 胎児牛血清を入れた状態でトリプシンの添加なくウイルスを培養できるので, 場合によっては, 日数を要するウイルス分離において好都合である。Vero/TMPRSS2細胞で, ヒトメタニューモウイルス, ヒトパラインフルエンザウイルスなどが効率よく増殖することが明らかになっている3,6)。特にヒトメタニューモウイルスの分離や増殖において, VeroE6/TMPRSS2細胞が優れていることが証明されている4)

季節性インフルエンザウイルス, ヒトメタニューモウイルスなどの場合には, トリプシンの添加またはTMPRSS2の発現などが開裂活性化に不可欠である。コロナウイルスの場合も, 不可欠ではないものの, TMPRSS2によって感染性が大きく増強することが分かっている。季節性インフルエンザウイルス, ヒトメタニューモウイルス, ヒトパラインフルエンザウイルスは, 感染した細胞内でウイルスタンパクを発現し, 粒子を組み立てる過程でTMPRSS2を利用する2)。すなわち, 放出されるウイルス粒子は, その時点ですでに開裂活性化されている2)。一方, コロナウイルスの場合は, 粒子形成の過程でTMPRSS2を利用することはなく, 細胞への進入過程で(受容体への結合の直後に)TMPRSS2による開裂活性化を受ける2)。TMPRSS2を必ずしも必要としない理由は, TMPRSS2による開裂活性化を受けなかったウイルスは, エンドサイトーシスによってエンドゾームに取り込まれ, エンドゾーム内のカテプシンによって開裂活性化を受けるためである。ただし, 細胞表面におけるTMPRSS2の開裂活性化の方がより効率に勝るようである。また, 培養細胞に馴化する前の臨床分離株でその傾向がより強いようである7-9)。SARS-CoV-2の分離報告は, すでに多数みられるが, 多くの場合, TMPRSS2を発現していない通常のVeroE6細胞を用いているようである。VeroE6細胞を用いた場合でも, 効率は劣るもののSARS-CoV-2の分離や増殖は可能なようである。ただし, われわれの解析によると, TMPRSS2による感染増強効果は明らかであり, 細胞変性効果(CPE)もより顕著である5)。そのため, SARS-CoV-2の分離や力価測定にはより適しており, 各種基礎研究やCPEを指標とした抗ウイルス剤の探索研究に大きく貢献している10-12)

Vero細胞やVeroE6細胞は, アフリカミドリザルの腎臓に由来する細胞であるために, ワシントン条約によって海外への輸出に規制が設けられている。現在, VeroE6/TMPRSS2細胞は, 医薬基盤・健康・栄養研究所のJCRB細胞バンクに寄託されており, 国内ならびに世界からの需要に対応していただいている5)。すでに多数の研究機関に配布されている。今後, より一層, SARS-CoV-2をはじめとする呼吸器ウイルスの研究や対策に役立つことを期待する。

 

参考文献
  1. Sakai K, et al., J Virol 88: 5608-5616, 2014
  2. 竹田 誠, ウイルス 69: 61-72, 2019
  3. Shirogane Y, et al., J Virol 82: 8942-8946, 2008
  4. Nao N, et al., PLoS One 14: e0215822, 2019
  5. Matsuyama S, et al., Proc Natl Acad Sci USA 117: 7001-7003, 2020
  6. Abe M, et al., J Virol 87: 11930-11935, 2013
  7. Shirato K, et al., Virology 517: 9-15, 2018
  8. Matsuyama S, et al., J Virol 84: 12658-12664, 2010
  9. Kawase M, et al., J Virol 86: 6537-6545, 2012
  10. Halfmann PJ, et al., N Engl J Med, doi: 10.1056/NEJMc2013400, 2020
  11. Ohashi H, et al., bioRxiv, 2020
    doi:https://doi.org/10.1101/2020.04.14.039925
  12. Kato F, et al., Microbiol Immunol, in press
 
 
国立感染症研究所ウイルス第三部
 竹田 誠

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