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COVID-19剖検例の解析と病理組織像

(IASR Vol. 41 p118-119: 2020年7月号)

はじめに

2019年12月に中国武漢で確認された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染は世界各国に拡大し, 2020年3月, 世界保健機構(WHO)はパンデミックを宣言した。SARS-CoV-2感染症はCoronavirus Disease 19(COVID-19)と命名された。COVID-19の重症例や死亡例のほとんどが, 肺炎から急性呼吸促迫症候群(ARDS)を併発し, 呼吸不全となるが, 凝固異常, 腎機能障害など, 肺以外の臓器障害も伴うことが分かってきた。COVID-19剖検例の解析は, 致死的病態を解明するために非常に重要である。中国, 米国, ヨーロッパから病理解析の報告が相次いでいるが, 本稿では, 国内剖検例の病理組織像と分子病理学的解析結果1)について報告する。

病理組織像

死亡されたのは84歳女性(148cm, 49kg)で, SARS-CoV-2陽性者の乗船が判明したクルーズ船の乗客であった2)。帰港後, 船内に隔離されていたが, 38.8℃の発熱, 下痢が出現した(第1病日)後, 呼吸苦が増悪し, 第8病日に病院に搬送された。入院治療後も低酸素症が進行し, 第16病日に永眠された。死後5時間にCOVID-19の剖検における感染予防策3)に従って剖検を行った。肉眼的所見としては, 肺は含気に乏しく, 重量が増し(左:590g, 右:690g), 部分的に暗赤色で連結しており, 切断面はわずかに粘り気があった。組織学的には, 肺はARDSの病理像であるびまん性肺胞傷害(DAD)像(図1A)を呈し, ARDS発症初期の硝子膜の形成(図1B, 矢印)や, 炎症細胞の浸潤を伴う滲出性期像(図1A右小葉), またARDS発症後1週間以降にみられるⅡ型肺胞上皮細胞の過形成, 間質の線維芽細胞の増生(図1C), 上皮細胞の肺胞腔内への剥離, 扁平上皮化生(図1D, 矢印)などを伴う器質期像(図1A左小葉)の両方が混在して観察された。うっ血や肺胞出血, ウイルス感染による多核巨細胞もみられた(図1C, inset)。脾臓,リンパ節には, 血球貪食細胞が認められ(図1E, 矢印), 両腎臓の糸球体には微小血栓が認められた(図1F, 矢印)。この他, 肺以外の臓器で, 高齢や低酸素症による非特異的な変化以外のCOVID-19に特異的な病理組織変化は観察されなかった。

SARS-CoV-2ゲノムの検出

剖検時に採取した体液, スワブ検体, 凍結組織中のSARS-CoV-2 RNAコピー数の相違を図2に示す。体液とスワブ検体のウイルス量は, 1μL中に検出されたコピー数の対数で, 凍結組織中のウイルス量は検体中のSARS-CoV-2 RNA/GADPH mRNA比×105の対数で表している。体液では, 血液, 便で低コピー数検出されたが, 尿からは検出されなかった。スワブでは右の気管支のスワブから, 気管や鼻咽頭よりも多いウイルスゲノムが検出された。肺末梢組織のウイルス量は気管, 気管支, 上気道組織よりも高かった。また, 大腸, 肝臓, 脾臓を含む非呼吸器系組織でもSARS-CoV-2 RNAが低コピー数検出された。

肺組織のウイルス抗原陽性細胞

各組織でウイルス抗原が検出できるか免疫組織化学で解析した。ウイルス抗原陽性細胞は, 肺組織のみで検出され, 炎症所見の少ない, 正常に近い部位(図1G)に, より多く検出された(図1H, Gの枠内に相当, 茶色がウイルス抗原)。この結果は, ウイルスの感染と増殖が炎症に先行し, ウイルス感染に対する免疫応答により炎症が進行したことを示唆しており, COVID-19肺炎の発症機構に宿主免疫応答が関与していると考えられた。ウイルス抗原陽性細胞の種類を, ウイルス抗原(赤色)と細胞マーカー蛋白(緑色)との蛍光二重染色で同定したところ, ウイルス抗原陽性細胞は肺胞上皮細胞(図1I, ほぼすべての上皮細胞がウイルス抗原陽性)とCD68陽性単球・マクロファージ(図1J, ウイルス抗原陽性単球・マクロファージは黄色)であることが分かった。

考 察

SARS-CoV-2は肺胞上皮細胞に感染し, 肺胞上皮細胞の剥離や壊死が起こり酸素化機能が障害される。このウイルス感染による直接障害と患者(宿主)のウイルス感染に対する免疫応答(炎症)によりCOVID-19の病態が形成されている。海外から報告されているCOVID-19関連の血管炎, 皮膚炎, 心筋炎, 腎障害等については, ウイルスが各組織に直接作用した結果なのか, 間接的な作用なのか等, 見極めていくことが必要である。剖検解析例が集積されるにつれ, COVID-19の病態生理の解明に必要な多くのエビデンスが得られ, COVID-19の治療法ならびにワクチン開発に還元できるエビデンスが得られることが期待される。

 

参考文献
  1. Adachi T, et al., Emerg Infect Dis 26(9), 2020 doi: 10.3201/eid2609.201353
  2. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9410-covid-dp-01.html
  3. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の剖検における感染予防策(2020/2/19更新)日本病理学会ホームページ
 
 
国立感染症研究所感染病理部 
 中島典子 鈴木忠樹    
東京都保健医療公社豊島病院 
 足立拓也 鄭 子文

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