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山形県内におけるマダニの紅斑熱群リケッチア調査

(IASR Vol. 41 p139-141: 2020年8月号)

はじめに

日本紅斑熱患者は, 西日本を中心として東日本でも散見され, 山形県に隣接する新潟県でも患者が報告されている。また, Rickettsia japonicaが含まれる紅斑熱群リケッチア(spotted fever group rickettsia:SFGR)という視点でみると, 山形県の東に位置する宮城県でR. heilongjiangensisによる極東紅斑熱国内感染例が報告されている他, R. helvetica, R. tamuraeによる国内症例も報告されている1)。このように, マダニ媒介性のリケッチア感染症は多様であり, 国内においてR. japonicaを含むSFGRの浸淫状況を把握することは重要と考えられる。そこで, 我々は山形県内で採取したマダニを対象としてSFGRの調査を行った2)

対象および方法

2016年3月~2018年10月, 山形県においてマダニ成虫534匹, 若虫51匹, および幼虫7プールを採取し, マダニ成虫のみを本調査の対象とした。植生マダニは, 山形県内24地点においてフランネル布を用いた旗ずり法により採取した。野生動物由来マダニは, 県内20地点20頭(カモシカ8頭, タヌキ4頭, アナグマ3頭, ツキノワグマ2頭, およびニホンジカ, イノシシ, ノウサギ各1頭)から採取した。犬猫由来マダニは, 県内22動物病院を受診した犬猫から採取した。

野生動物および犬猫由来マダニは全数を, 植生マダニは同一地点で多数採取された同一種を一部除外したうえで, SFGR遺伝子検出の対象とした。マダニを70%エタノールおよび滅菌PBSで洗浄後, BlackPREP Tick DNA/RNA KitでDNAとRNAを抽出した。抽出したDNAを鋳型としてTakanoら3)のマダニミトコンドリア16S rRNA遺伝子を対象としたPCRを実施し, PCR陽性検体のみを遺伝子検出の対象とした。

SFGRの遺伝子検出として, 国立感染症研究所リケッチア感染症診断マニュアルに収載されているKawamoriら4)の方法によりスクリーニングを行った。スクリーニング陽性検体については, Gaowaら5)gltAを対象としたPCRを実施し, ダイレクトシークエンス法により増幅産物の塩基配列を決定した。系統樹は, MEGA10を用いたKimura 2-parameter modelに基づく最尤法(1,000ブートストラップ)により作成した。

結果および考察

2016~2018年に山形県で採取されたマダニ成虫534匹の種分布をに示す。属レベルでは, マダニ属455匹(85.2%), チマダニ属76匹(14.2%), カクマダニ属3匹(0.6%)であった。種レベルでは, ヤマトマダニが最優占種であり(345匹, 64.6%), ヒトツトゲマダニ(58匹, 10.9%), キチマダニ(46匹, 8.6%)と続いた。本調査では南方系とされるタイワンカクマダニが採取されており, 温暖な地域に生息するマダニ種の分布域拡大を示唆する結果と考えられた。採取方法別では, 大型動物が宿主とされるヒトツトゲマダニ6)が植生, 野生動物からのみ採取された点, 大・中型動物が宿主であり旗ずり法で採取されづらいタネガタマダニ6)がほぼ犬猫からのみ採取された点などから, マダニの宿主嗜好性と採取方法の違いによる種の偏りが推察された。

SFGR遺伝子検出は, 植生由来158匹(ヤマトマダニ115匹, ヒトツトゲマダニ21匹, キチマダニ10匹, ヤマトチマダニ9匹, およびタイワンカクマダニ3匹), 野生動物由来112匹, および犬猫由来164匹の計434匹を対象に実施し, 84検体(19.4%)がスクリーニング陽性, 69検体(15.9%)からgltA配列が取得された。系統樹解析の結果, 本調査ではR. japonicaと同一系統に属する検体は見出されなかった()。しかし, タネガタマダニ39匹中21匹(53.8%)から検出されたgltA配列がR. monacensis配列と一致した他, シュルツェマダニ9匹中3匹(33.3%)からの検出配列がR. helvetica配列と一致し, ヒトツトゲマダニ47匹中30匹(63.8%)からの検出配列がR. helveticaと近縁な系統に分類された。諸外国においてR. helveticaによるリケッチア感染症が報告されている他7), 韓国では2017年以降R. monacensisを原因とする症例が相次いで報告されていること8,9)を踏まえると, 山形県においてもこれらSFGRによる感染症の発生に注意が必要と考えられた。

本調査により, 山形県内マダニには日本紅斑熱病原体は浸淫していないが, 特定のマダニ種がリケッチア感染症の原因となる一部のSFGRを高率に保有している可能性が示された。感染症法上の4類感染症に含まれる日本紅斑熱が重要な感染症であることは言うまでもない。しかし, 他のマダニ媒介性リケッチア感染症についても, 人に何らかの症状をもたらすのであれば日本紅斑熱と等しく重要な感染症と言える。本邦におけるマダニ媒介性リケッチア感染症の全容を明らかにしていくためには, マダニ刺咬後に病状を呈した患者検体や, 望むらくは患者を吸血していたマダニに対して, 本調査で用いたようなSFGRを広く捉えることが可能な検出系を積極的に適用していくことが有効な手立てになると考えられた7)

 

参考文献
  1. 安藤秀二ら, 衛生動物 64(1): 5-7, 2013
  2. 瀬戸順次ら, 日本獣医師会雑誌(in press)
  3. Takano A, et al., Med Entomol Zool 65(1): 13-21, 2014
  4. Kawamori F, et al., Jpn J Infect Dis 71(4): 267-273, 2018
  5. Gaowa, et al., Emerg Infect Dis 19(2): 338-340, 2013
  6. 髙田伸弘編著, 医ダニ学図鑑 見える分類と疫学, 北隆館
  7. Abdad MY, et al., J Clin Microbiol 56(8): e01728-17, 2018
  8. Kim YS, et al., Microbiol Immunol 61(7): 258-263, 2017
  9. Kim SW, et al., Am J Trop Med Hyg 101(2): 332-335, 2019
 
 
山形県衛生研究所            
 瀬戸順次 田中静佳 池田辰也 水田克巳

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