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2020年度を目標年と定めていた風しん排除に関する今後の対応

(IASR Vol. 41 p155-156: 2020年9月号)

わが国は, 風しんについて, 2020年7月開催予定であった東京オリンピック・パラリンピックを中間目標とし, 2022年3月末には排除を目指していた。しかし, 2020年に入り新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により, オリンピックが翌年に延期になるとともに, 様々な分野に大きな影響を及ぼしている。ここでは風しん流行とその対策について, COVID-19の流行による影響を中心に述べたい。

風しんは, 2~3週間の潜伏期間の後, 発熱, 発疹, リンパ節腫脹などを主な症状とする感染症である。発症1週間前から感染性があり, 不顕性感染も15-30%存在することから, その封じ込めにはワクチン接種が極めて重要となる。

通常, 風しんは軽症に終わることが多いが, 稀に重症化することがある。また妊娠20週頃までの女性が感染すると, 生まれてくる赤ちゃんが, 心臓病や難聴, 白内障などの「先天性風しん症候群(CRS)」を発症する恐れもあり, その排除には大きな意味がある。

風しんはこれまでにも定期的な流行がみられている。直近の大きな流行は2012~2013年にかけての流行であり, 2013年に14,344名の感染者と32名のCRSの報告があり, これは過去20年間で最大であった。前回の流行は2018年第30週から始まり2019年第37週には収まりをみせ始めていたものの, その後も週当たり10名前後の感染が続いていたが, COVID-19流行が始まって以降, 感染報告がほぼなくなっている。

2018~2019年にかけての流行は, これまで公的な風しんワクチン接種を受ける機会がなかった1962(昭和37)~1978(昭和53)年度生まれの男性を中心に発生している。このため厚生労働省では, 2019年度より, 40~57歳男性のうち有効な風しん抗体がない者に対し風しんの予防接種を実施する事業を開始した(第5期定期接種)。

当該事業では市区町村から届くクーポン券を使い, まずは抗体検査を受けていただき, 十分な抗体がない人にワクチン接種を受けていただくというもの。当該世代男性は, 働き盛りの世代が対象であることから, より多くの方にご利用いただけるよう, 勤務先近くの医療機関や職場の健康診断で抗体検査を受けられるよう, 対象者の様々なニーズに応えるようこれまで取り組んできた。

具体的には, 上記事業に参加する全国の医療機関で受けられるよう, 医療機関リストを作成し随時更新してきた。これにより, 対象者の居住地域のみならず職場近くの医療機関でも検査を受けることが可能となるとともに, 医療機関によっては夜間や休日の対応も可能となった。また, 会社の健康診断や, 国民健康保険加入者の特定健診で検査を受ける仕組みも設けることで, 希望者のニーズにできる限り応える対応をとっている。

2019年に同事業が始まったこともあり, 同年11月末時点で抗体検査の受検者数は, 約109万人と対象世代の16.1%であり, 低調にとどまっている。他方で抗体検査を受検し, 十分な抗体を保持していないと判定された者は, ほぼ予防接種をされている背景から, 厚生労働省は, 風しんに関する目標達成に向け, 2020年1月30日付で「風しん対策(抗体検査)の実施率の向上策について」を発表した()。

2020年1月からCOVID-19の世界的な流行が発生したことにより, 本事業は大きな影響を受けた。まずは7月開催予定であった東京オリンピック・パラリンピックが翌2021年に延期された。これに伴い, 風しん対策における目標(対象世代の抗体保有率を85%に引き上げる)も翌2021年に後ろ倒しとなった。

また, これまでのデータから, 対象世代男性に抗体検査を受けていただくためには, 事業所健診をできる限り活用いただくことが効率的と考え, 「風しん対策(抗体検査)の実施率の向上策について」の実施を予定していたところ, 三密の回避目的で, 集団健診が回避または後ろ倒しされることとなった。結果として, 職場における集団健診を活用した風しん抗体検査については, その効果が期待できない状況となっている。

他方で, COVID-19の世界的な流行により, 人の国際的な往来がストップするにしたがい, 2018年半ばから続いていた風しん感染者もほぼゼロとなった。この結果は, 日本国内における風しん患者の発生に国際的な人の往来が関与していることが改めて示唆されるものとなった。この状況はあくまで国際的な人の行き来が止まった状況下で達成されたものであり, 引き続き対象世代の風しん抗体保有率を上昇させなければならない状況に変わりはない。

特に, 2021年の東京オリンピック・パラリンピックの開催までには国際的な人の往来は再開する必要があり, 来年7月に再設定された中間目標は必須のマンデートとなろう。

来年の東京オリンピック・パラリンピックの開催に当たり, COVID-19はもとより, 風しん, 麻しん対策は, 間違いなく重要な感染症対策のうちの1つになることが予想されている。また, その後に控える風しん排除という目標達成に向け, 厚生労働省としてもCOVID-19まん延下でも実施できる方策を検討する必要がある。

風しん排除までにはまだまだ厳しい道のりがあるが, その目標達成を通じ, これから生まれてくる世代の子どもを守るためにも, 一人でも多くの対象世代男性が, 風しん抗体検査および予防接種を受けていただくことを期待している。

 
 
前・厚生労働省健康局結核感染症課長
 日下英司

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