印刷
IASR-logo

2019/20シーズンのインフルエンザ分離株の解析

(IASR Vol. 41 p195-200: 2020年11月号)

1. 流行の概要

2019/20インフルエンザシーズンは, 日本を含め多くの国でA型・B型ウイルスともに流行したが, A型ウイルスのそれが大きかった。A型ウイルスでは, 多くの国でA(H1N1)pdm09の流行がA(H3N2)より大きかった。一方, B型ウイルスは主にVictoria系統の流行であり, 山形系統の流行は大変小さかった。

2. 各亜型・型の流行株の遺伝子および抗原性解析

2019/20シーズンに全国の地方衛生研究所(地衛研)で分離されたウイルス株の型・亜型・系統同定は, 各地衛研において, 国立感染症研究所(感染研)から配布された孵化鶏卵(卵)分離のワクチン株で作製された同定用キットを用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって行われた。また, 最近のA(H3N2)ウイルスは赤血球凝集活性が著しく弱いために〔今冬のインフルエンザについて(2015/16シーズン)参照〕, HI試験が困難な場合はPCR法による亜型同定が行われる場合もあった。感染研では, 感染症発生動向調査システム(NESID)経由で情報を収集し, 地衛研で分離および型・亜型同定されたウイルス株総数の約10%について分与を受けた。また, 病院からインフルエンザ迅速診断キット陽性臨床検体の供与を受け, 感染研でウイルス分離を行った。地衛研から分与された株および供与を受けた臨床検体から分離された株について, ヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)遺伝子の遺伝子系統樹解析およびフェレット感染血清・ヒトワクチン接種後血清を用いたHI試験あるいは中和試験による詳細な抗原性解析を実施した。

2-1)A(H1N1)pdm09ウイルス

遺伝子系統樹解析:国内および海外(ラオス, 韓国, ミャンマー, 台湾)で分離された342株について遺伝子解析を実施した。解析した株はすべてHA遺伝子系統樹上のサブクレード6B.1(アミノ酸置換:S84N, S162N, I216T, 代表株:A/Singapore/GP1908/2015)内の6B.1A(S74R, S164T, I295V)群に属していた(図1)。6B.1Aは183Pを持つ7つの群(183P-1~183P-7)に派生しているが, 国内株は183P-5内の183P-5A(N129D, T185I; 99%)または183P-5B(K160M, T216K, E235D, H296N, V520A;1%)に属した。また, 183P-5A群内にはD187A, Q189Eを持つ群(92.3%)とN156K, K130N, L161I, V250A, E506Dを持つ群(6.7%)が形成された。

抗原性解析:9-10種類のウイルスに対するフェレット感染血清を用いて, 国内および海外(ラオス, 韓国, ミャンマー, 台湾)で分離された398株(国内373株, 海外25株)についてHI試験による抗原性解析を行った。その結果, 解析したほとんどの分離株は2019/20シーズンワクチン株A/Brisbane/02/2018やD187A, Q189Eアミノ酸置換を持つ183P-5Aに属するウイルス(代表株:A/沖縄/93/2019)に対するフェレット感染血清とよく反応した。一方で, ワクチン接種を受けたヒトの血清を用いた解析では, 流行の主流であった183P-5A群内のD187A, Q189Eアミノ酸置換を持つウイルスは, ワクチン接種ヒト血清との反応性の低下がみられた。フェレット感染血清では区別しにくい抗原性を, ワクチン接種ヒト血清では区別できるものと思われ, 流行株とワクチン株との抗原性の違いが示唆された。また, 183P-5A群内のN156Kのアミノ酸置換を持つ分離株は, ワクチン株に対するフェレット感染血清およびワクチン接種ヒト血清の両方で反応性の大きな低下が認められ, 抗原性が大きく変化していることが示唆された。

2-2)A(H3N2)ウイルス

遺伝子系統樹解析:国内および海外(ラオス, ミャンマー, ネパール, 韓国, 台湾)で分離された116株について遺伝子解析を実施した。本亜型ウイルスのHA遺伝子系統樹解析では, 最近はクレード3C.2a, 3C.3aの2群に大別され, 国内ではクレード3C.2aに属するウイルスが2019/20シーズンを含めた6シーズンの流行の主流であった。近年クレード3C.2aは遺伝的多様性があり, サブクレード3C.2a1~3C.2a4が形成され, その中で3C.2a1(N171K, I406V, G484E, 代表株:A/Singapore/INFIMH-16-0019/2016)が主流となっている。さらに3C.2a1内には, 3C.2a1a, 3C.2a1b, 3C.2a1b+131K, 3C.2a1b+135K, 3C.2a1b+135Nが形成された。2019/20シーズンはさらに, 3C.2a1b+131K内に3C.2a1b+131K+197R(Q197R, S219F, V347M, E484G; 12.7%), 3C.2a1b+131K+83E(K83E, Y94N, I522M; 9.9%)が, 3C.2a1b+135K内に3C.2a1b+135K+137F(T128A, A138S, F193S, S137F; 54.9%), 3C.2a1b+135K+198P(T128A, A138S, F193S, G186D, D190N, S198P; 14.1%)が派生した(図2)。3C.3aに属するウイルスは2例(2.8%)のみ検出された。

抗原性解析:国内および海外(ラオス, ミャンマー, 韓国, 台湾)で分離された118株(国内78株, 海外40株)について, 10-11種類のウイルスに対するフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。また, 最近のシーズンと同様に, 多くのA(H3N2)分離株は極めて低い赤血球凝集活性しか示さず, HI試験の実施が困難な場合が多かったことから, 本亜型ウイルスについては中和試験法を用いて抗原性解析を実施した。国内外の流行株については, 試験した株のほぼすべてが2019/20シーズンのワクチン株A/Kansas/14/2017の細胞分離株(クレード3C.3a)と抗原的に乖離(ホモ中和価と比べて値が8倍以上低下の反応性を示す)していた。また2019/20シーズンの流行株は, A/South Australia/34/2019の細胞分離株(サブクレード3C.2a1b+131K)と抗原的に類似(ホモ中和価と比べて値が4倍以内低下の反応性を示す)を示す株, あるいはA/神奈川/ZC1841/2019の細胞分離株(サブクレード3C.2a1b+135K+137F)に類似した株の2つに大分され, 抗原性の異なる株の混合流行が観察された。またワクチン接種を受けたヒトの血清は, サブクレード3C.2a1b+135K+137Fに属するウイルスとの反応性が低下していた。

2-3)B型ウイルス

遺伝子系統樹解析

山形系統:遺伝子解析を実施したのは国内2株のみであった。HAタンパク質にS150I, N165Y, N202S, S229Dアミノ酸置換を持つクレード3(B/Phuket/3073/2013株)に属し, うち1株はL172Q, D232N, M251V群に属した(図3)。

ビクトリア系統:国内および海外(韓国, ラオス, モンゴル, 台湾, ミャンマー)で分離された126株はすべてクレード1A(代表株:B/Brisbane/60/2008株)内に形成される, HAに共通アミノ酸置換N129D, I117V, V146Iを持つ群に属した(図4)。最近はクレード1A内に, HAに2アミノ酸欠損を持つクレード1A.1(162-163アミノ酸欠損, I180V, R498K, 代表株:B/Colorado/06/2017株)と3アミノ酸欠損を持つクレード1A.3(162-164アミノ酸欠損, K136E, 代表株:B/Washington/02/2019)が派生している。国内流行株のほとんど(99%)は1A.3に属し, 1A.1に属するウイルスは1株のみ(1%)であった。一方, もう1つの3アミノ酸欠損をもつクレード1A.2(162-164アミノ酸欠損, I180T, K209N)に属するウイルスは検出されなかった。

抗原性解析

山形系統:国内で分離された2株について, 7-8種類のウイルスに対するフェレット感染血清を用いてHI試験により抗原性解析を実施した。その結果, 2019/20シーズンに採用されたワクチン株B/Phuket/3073/2013に対するフェレット感染血清とよく反応し, 抗原性が類似していることが示唆された。また, 国内および海外のワクチン接種者の血清も流行株とよく反応した。

ビクトリア系統:国内および海外(韓国, ラオス, モンゴル, 台湾, ミャンマー)から収集した176株(国内株147, 海外29株)について, 8-9種類のウイルスに対するフェレット感染血清を用いてHI試験により抗原性解析を実施した。2019/20シーズンの分離株はほぼすべてクレード1A.3に属したが, その9割以上が2019/20シーズンのWHOワクチン推奨株のB/Colorado/06/2017株(クレード1A.2)に対するフェレット感染血清とよく反応した。さらにB/Washington/02/2019(クレード1A.3)に対するフェレット感染血清とはよりよく反応した。一方で, 国内のワクチン接種者の血清は1A.3に属するウイルスと低い反応性を示した。

本解析は, 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の施行に伴う感染症発生動向調査事業に基づくインフルエンザサーベイランスして, 医療機関, 保健所, 地方衛生研究所との共同で実施された。さらに, ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために, 新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授の協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米CDC, 英フランシスクリック研究所, 豪ビクトリア州感染症レファレンスラボラトリー, 中国CDC)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績をまとめたものであり, 個々の成績はNESIDの病原体検出情報システムにより毎週地衛研に還元されている。また, 本稿は上記事業の遂行にあたり, 地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

 
 
国立感染症研究所           
インフルエンザウイルス研究センター  
第一室・WHOインフルエンザ協力センター
 岸田典子 中村一哉 藤崎誠一郎 白倉雅之 佐藤 彩 秋元未来
 三浦秀佳 高下恵美 桑原朋子 森田博子 永田志保 菅原裕美
 渡邉真治 長谷川秀樹        
インフルエンザ株サーベイランスグループ

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan