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新型コロナウイルス感染症流行期の超過死亡推定, その解釈と留意点, 今後

(IASR Vol. 41 p207-208: 2020年11月号)

今般の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の死亡率に関する正確な数値を得ることは, 限定的なウイルス検査の現状や質の点から困難であるとされている1)。その場合, パンデミックの死亡負荷を評価するために, 平時の状況で予想される死亡率よりも, どの程度高い死亡率の増加が認められるかを評価するアプローチがある。いわゆる「超過死亡」アプローチと言う。このアプローチは, 肺炎やその他の呼吸器疾患のような感染症に直接関連する特定の死因や, パンデミックによって間接的に影響を受ける他の死因に適用することができる。実際, COVID-19によって多大な影響を受けている多くの国では, COVID-19の死亡負荷を定量化するために, この超過死亡のアプローチが用いられている2,3)

日本の超過死亡については, 国立感染症研究所や東京大学等からなるチームによって評価が行われている。方法論の解説, および推定結果については, 公表サイトを参照いただきたい4)。本稿では, 結果の解釈および表現方法, 今後の分析見通しについて簡潔にまとめる。

超過死亡はCOVID-19を直接の死因とする死亡の総和ではない

まず, 現在推定されている超過死亡はすべての死因を含み, COVID-19を直接の原因とする死亡の総和ではない。比較的よく見受けられる表現として, 「COVID-19の超過死亡」は, あまり正しい表現方法ではなく, 例えば「COVID-19流行期における」あるいは「COVID-19に伴う」が比較的適当と言える。間接的な原因についても, 例年の死亡水準に比べて増加分と減少分の両方があることに注意が必要である。例えば, 前者は外出自粛等に伴う病院不受診や持病の悪化による死亡者増など, 後者は例年より減少している可能性があるとされる感染症による死亡や交通事故死などが考えられる。全死亡の超過死亡は, これらすべての積算である。

日本のCOVID-19流行期における超過死亡は小さいのか

2020年1~6月までの, 47都道府県(全国)の全死亡の超過死亡の積算は, Farringtonアルゴリズムで191-4,577人, EuroMOMOアルゴリズムで319-7,467人であり, 主に4月に超過死亡が観察された。人口10万人当たりで0.2から6.0弱程度である。もちろん社会人口学的・経済的な状況が異なるため必ずしも直接の比較はできないが, この値は, おおよそ同時期の米国およびヨーロッパにおけるそれよりも比較的小さい5)。COVID-19に対する日本の早期対応や接触予防策の徹底等により, 欧米諸国ほどの深刻な流行は今のところ比較的抑えられてはいる。

今後の超過死亡推定は何をみるのか

しかし, 上述したように, 現在推定されている超過死亡では死因は考慮されていない。超過死亡推定値はCOVID-19とは直接関係のない他の要因にも関連している可能性があることに注意すべきである。世界の多くの国や地域でロックダウン措置が実施されているが, こうした措置は保健サービスへのアクセスの減少, それに伴う慢性疾患の悪化, または急性疾患への対応の遅れにつながる可能性があり, COVID-19が他の傷病に間接的に与える影響は広範囲に及ぶ可能性がある6)

実際日本でも, COVID-19に対応する病院だけでなく, さまざまな医療機関の日常的な診療にCOVID-19の影響は広がっている。限られた医療資源をCOVID-19の重症患者に重点化・集約化することが必要となり, 緊急性の低い手術の延期や治療法の変更, 救急医療の制限, 外来診察の中断, 人員の再配置なども余儀なくされている。一方で, 患者側も感染を恐れて受診を控える等で, 持病の悪化が懸念されている。今後, 日本のようにCOVID-19による死亡率の比較的低い国では, COVID-19の直接的な影響と間接的な影響を区別するために, 原因別に超過死亡分析が行われるべきである。

これにより, COVID-19の間接的影響の深刻さとその進行(さらに, それに対応するための保健システムの能力), 特に救急医療サービスの遅延による非呼吸器系の基礎疾患に関連する死亡(心血管疾患, 糖尿病, アルツハイマー病など), 慢性疾患の悪化やメンタルヘルスに関連する死亡についての洞察を得ることができる。これらはCOVID-19の流行期よりも遅れて影響が現れる可能性があり, 注意深くケースの超過をモニタリングする必要がある。また, COVID-19流行拡大によって課された制限(ステイホーム・外出自粛等)に関連して, 交通事故死などの外因死が本当に減少したかどうかを評価することも可能である。日本におけるこのような原因別の超過死亡分析によって, 日本のCOVID-19への対応がパンデミックによる二次的な死亡をどの程度防いだかを定量的に評価することができ, 政策上より重要な教訓となることが期待される。

 

参考文献
  1. Pulla P, BMJ 370: m2859, 2020
  2. Centers for Disease Control and Prevention, Preliminary estimate of excess mortality during the COVID-19 outbreak―New York City, March 11-May 2, 2020
    https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6919e5.htm?s_cid=mm6919e5_w (accessed August 5 2020)
  3. Vestergaard LS, et al., Euro Surveill 25 (26), 2020
  4. 国立感染症研究所感染症疫学センター, 我が国における超過死亡の推定2020年9月, 2020
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/493-guidelines/9887-excess-mortality-20sep.html (accessed October 5, 2020)
  5. The Economist, Tracking covid-19 excess deaths across countries, 2020
    https://www.economist.com/graphic-detail/2020/07/15/tracking-covid-19-excess-deaths-across-countries (accessed October 5, 2020)
  6. Woolf SH, et al., JAMA 324 (5): 510-513, 2020
 
 
慶應義塾大学医学部       
医療政策・管理学教室 野村周平
聖路加国際大学大学院      
公衆衛生学研究科 米岡大輔  
早稲田大学ビジネスファイナンス 
研究センター 田上悠太    
東京工業大学情報理工学院    
 川島孝行           
千葉大学予防医学センター    
 江口哲史           
東京大学大学院医学系研究科   
国際保健政策学 橋爪真弘

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