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疫学:慢性C型肝炎

(IASR Vol.42 p3-4: 2021年1月号)

 

 2020年のノーベル生理学・医学賞は, 「C型肝炎ウイルスの発見」に功績したとして, 米国立衛生研究所(NIH)のハービー・アルター名誉研究員, カナダ・アルバータ大学のマイケル・ホートン教授, 米ロックフェラー大学のチャールズ・ライス教授の3氏に授与された。C型肝炎ウイルス(HCV)にかかわるものの1人として, 30年間の基礎医学的, 臨床的, 疫学的側面からみた変遷を思うと感慨深い。1989年, C型肝炎ウイルスが世界で初めてクローニングされた。それまで, 日本の肝がん原因の約17-18%(1990年)はB型肝炎ウイルス(HBV)の持続感染に起因していると推定されたが, それ以外, すなわち肝がんの80%以上は非A非B型肝炎に起因するものと考えられていた。C型肝炎ウイルスの発見後, 関連抗体測定系が次々に開発され, それまで非A非B型肝炎と考えられていたものの大部分がこの病因ウイルスによる肝炎であることが明らかになった。

 本稿では, C型肝炎ウイルスの感染状況について, 初回供血者集団および肝炎ウイルス検査受検者集団を対象とした大規模資料を用いて年齢階級別のHCV抗体陽性率の動向について疫学的視点から紹介したい。

1. 初回供血者集団におけるHCV抗体陽性率

 1995年から2016年の全初回供血者を4期(【BD-a】:1995~2000年3,485,648人, 【BD-b】:2001~2006年3,748,422人, 【BD-c】:2007~2011年2,720,727人, 【BD-d】:2012~2016年2,054,566人)に区切り, それぞれの期で年齢別にHCV抗体陽性率を算出している。

 初回供血者集団におけるHCV抗体陽性率を図1に示す。1995~2000年【BD-a】ではHCV抗体陽性率は0.49%(95%CI:0.48-0.50%), 2001~2006年【BD-b】では0.26%(95%CI:0.26-0.27%), 2007~2011年【BD-c】では0.16%(95%CI:0.16-0.17%), 2012~2016年【BD-d】では0.13%(95%CI:0.13-0.14%)をそれぞれ示し, 調査時期が近年でより低い値を示している。2018年時点60代以上の集団ではHCV抗体陽性率は0.6%程度であるが, 20代以下の集団では0.1%以下の低率を示した。

 1990年代からの22年間の長期による調査では, ある年齢集団は加齢に伴い, より高い年齢集団にスライドするが, 日本においてはHCVの新規感染の頻度が低いことから, 低い陽性率を持つ低年齢集団がその値を保持したままスライドしている。さらに, 高い陽性率を示していた高年齢集団が, 年齢制限により献血者集団から除外されたことにより, 献血者全体の平均HCV抗体陽性率が低下したと考えられる(コホート効果)。

2. 健康増進事業による検査受検者集団におけるHCVキャリア率

 健康増進事業による肝炎ウイルス検査は, 統一された試薬と診断基準で判定されているが, 同検査受検者集団でのHCVキャリア率(「現在C型肝炎ウイルスに感染している可能性が高い」と判定されたものの割合)を紹介する。健康増進事業に基づく肝炎ウイルス検査の手順と判定方法は, 「肝炎ウイルス検診等実施要領」の「健康増進事業および特定感染症等検査事業におけるC型肝炎ウイルス検査手順」として記載があり, これに基づいて行われる。判定「現在C型肝炎ウイルスに感染している可能性が高い」は, 「C型肝炎ウイルス検査手順」に従い, HCV抗体検査と核酸増幅検査(nucleic acid amplification test:NAT)の組み合わせで判定される。

 健康増進事業による異なる2時期のC型肝炎検査受検者(2013~2017年4,222,668人, 2008~2012年3,553,293人)を対象としたHCVキャリア率を平滑化により算出し図2に示す。若い出生年集団ではHCVキャリア率は低い傾向が認められる。また, 2時期の比較では, 時期が近年である2013~2017年調査でのHCVキャリア率が出生年によらず低値を示した。

 最後に, 2012~2016年の初回供血者集団【BD-d】と, ほぼ同時期の2013~2017年の肝炎ウイルス検査受検者集団の資料を用いて, 出生年・全国8ブロック別に算出したHCVキャリア率を図3に示す。出生年が後年の集団(若年齢集団)ではいずれの地域においてもHCVキャリア率が低く, 高年齢集団では地域ごとにやや相違が認められる。2000年代初めには検診受診者集団のHCVキャリア率は初回供血者集団より極めて高い値を示したが, 2010年以後の集団ではほぼ同じ程度を示している。

おわりに

 本稿では, 大規模集団におけるHCV抗体陽性率の年齢分布および経年推移を紹介した。2000年代以後, 40歳以上を対象とした健康増進事業による節目・節目外のC型肝炎ウイルス検査が全国規模で開始され, C型肝炎ウイルス感染者の拾い上げが急速に広がった。直接作用型抗ウイルス薬(direct acting antiviral:DAA)によりHCV排除を目指した治療が可能である現在, 肝炎ウイルス検査の受検促進と検査陽性者に対する適切な治療導入が, さらに重要である。

 
参考文献
  1. 厚生労働科学研究費補助金肝炎等克服政策研究事業, 肝炎ウイルス感染状況の把握および肝炎ウイルス排除への方策に資する疫学研究, 2019-2020
  2. 厚生労働科学研究費補助金肝炎等克服政策研究事業, 肝炎ウイルス感染状況と感染後の長期経過に関する研究, 2016-2018
  3. 厚生労働科学研究費補助金肝炎等克服政策研究事業, 急性感染も含めた肝炎ウイルス感染状況・長期経過と治療導入対策に関する研究, 2013-2015
  4. 厚生労働科学研究費補助金肝炎等克服政策研究事業, 肝炎ウイルス感染状況・長期経過と予後調査及び治療導入対策に関する研究, 2010-2012

  
広島大学大学院医系科学研究科
疫学・疾病制御学      
 田中純子 秋田智之 

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