IASR-logo

肝炎患者に対する差別偏見の実態調査とその対策

(IASR Vol.42 p11-12: 2021年1月号)

 
はじめに

 肝炎対策基本法に基づき, 「肝炎対策の推進に関する基本的な指針」が策定された。その指針には, 肝炎ウイルスの感染者および肝炎患者に対する不当な差別が存在することが指摘されている。2016(平成28)年には指針の改定が行われ, 肝炎患者等に対する不当な差別や, それに伴う肝炎患者等の精神的な負担が生じることのないよう, 正しい知識を身に付け, 適切な対応に努めること, などが明記された。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延化に伴い, その患者だけでなく患者を受け入れる医療機関のスタッフやその家族に対する差別偏見の問題が発生している。感染症患者への差別偏見の問題は, 過去のものではなく現在進行形, 現代社会の問題として取り組み対処すべきと考える。研究班では, 今後も研究班活動を介して肝炎患者が安心してこの世の中で暮らせるような仕組みを作り上げたいと考えている。

 2017(平成29)年度から2019(令和元)年度までの3年間, 厚生労働行政推進調査事業費補助金(肝炎等克服政策研究事業)『肝炎ウイルス感染者の偏見や差別による被害防止への効果的な手法の確立に関する研究』班(研究代表者:八橋 弘)では, 医師, 患者, 弁護士, マスコミ関係者で班員を構成し, 肝炎患者の差別偏見の問題を明らかにするとともに, この問題で困っている肝炎患者をサポートする方法などを模索してきた。

 3年間の研究班活動を介して, 「肝炎患者には差別偏見の問題が現在においても存在し, これを解消するためには, 肝炎という病気, その感染経路や感染リスクなどについて, 多くの一般市民のみならず医療従事者にも正しく知っていただく必要があり, また肝炎患者が差別偏見の問題について気軽に相談ができる仕組みを作ることが必要ではないか」と研究班としては考えている。本稿では, 本研究班で実施した調査結果や研究班活動について紹介する。

差別偏見の実態調査

 国立病院機構病院に通院加療中の肝疾患患者約6,331人から回収したアンケート調査から肝炎患者に対する差別偏見の実態を明らかにした。B型肝炎やC型肝炎に感染していることでの差別偏見の頻度は, 16.3%(有効回答数4,789人中782人)であり, 患者の背景因子別に頻度を検討すると, B型肝炎患者(21.7%)>C型肝炎患者(14.1%), 女性患者(20.0%)>男性患者(12.2%), 若年者>高齢者, と前者において有意に高頻度であった。これらの因子が重なったB型肝炎患者で女性の50歳未満の若年患者では37.9%という高い頻度であった。また差別偏見に関する自由記述の分析から, B型肝炎患者とC型肝炎患者では, 差別偏見を受けた場所やその内容が異なっていた。

 具体的な差別偏見の事例としては, 歯科診療を断られた。診療の順番を後回しにされた。就職できなかった。検診で肝炎であることが判明して完治するまで出勤停止と言われた。解雇された。離婚に至った。施設において食器は別にされ入浴は最後にと指示された。保育園への入園を拒否された。結婚できない。肝炎であることを知られるのが怖い。などが報告されていた。

看護学生, 病院職員, 医学部学生を対象とした理解度調査

 看護学生, 病院職員, 医学部学生を対象として, ウイルス肝炎の感染経路およびウイルス肝炎の感染性についての理解度に関するアンケート調査を実施した。11問題, 22項目について問題集を作成し, 解答後は直ちに正しい答えを理解できるように封印した解答集を問題集と合わせて配布することで, 正しい知識, 適切な対応を自己学習できるようにした。29,808名を対象にアンケート用紙を配布し, 20,347名(68.3%)から回収し, 解析を行った。その結果, 下記の4点について明らかにした。

 1. B型肝炎は, 血液を介して感染し空気感染しないということに対する理解度については, 国家資格を有する者, 医療従事者として患者に直接かかわる職種では, おおむね正しく理解していた。

 2. E型肝炎という疾患そのものが一般的には知られていない, 正しく理解されていない。

 3. C型肝炎が食事を介して感染するか否か, 針刺し事故での感染確率, 蚊を介して感染が成立するかに関する理解は, 医師以外の職種や医学部の高学年生以外では, おおむねC型肝炎の感染リスクを過大評価していると考えられた。

 4. 医学部学生, 看護学生ともに高学年になるとともに正解率が上昇したことから, これらの感染症に関する正しい知識を学習することで, 偏見差別に対する認識が変化することが期待された。

 アンケート調査の具体例について紹介する()。「C型肝炎の患者さんと一緒に鍋料理を食べることになりました。食事をすることで, あなたが感染する確率はどれくらいであるか, 1つ選んでください。選択肢は下記の5つ(A.0%/B.2%前後/C.20%前後/D.80%以上/E.わからない)です。」正解は選択肢A.0%である。C型肝炎はウイルスに汚染された輸血などで感染が成立するも, 水や食べ物を介して感染することはない。職種別の正解率では看護学生で31.3%, 事務職員で39.6%と低いものの, 医師の正解率は91.1%であった。医学部の学生では興味深い結果が得られている。医学部学生1年生では18.5%の正解率であったが, 学年が上がるにつれて正解率も高くなり, 医学部6年生では99.1%の正解率であった。一般社会の多くの人々は, 血液と体液で感染するC型肝炎/B型肝炎と, 水や食べ物で感染するA型肝炎/E型肝炎の違いを認識できず, これらのウイルス肝炎の感染経路や感染リスクは同じであると理解しているのではないか思われる。食事で感染する可能性があるかもしれないと理解している人は, C型肝炎やB型肝炎の患者とはともに食事をしたくないという言動や行動をおこす可能性がある。これらの構図が肝炎患者の差別偏見の原因となっていると考えられる。一方, 医学部学生での学年ごとの正解率の変化は, 大学の授業などで疾患そのものに加えて感染経路や感染リスクを正しく学習することにより, 差別偏見への認識が変化していったのではないかと考察される。

肝炎患者のあり方, 肝炎患者への偏見差別を考える公開シンポジウム

 「肝炎患者のあり方, 肝炎患者への偏見差別を考える公開シンポジウム」を2018(平成30)年度と2019(令和元)年度の2年間に, 福岡市, 札幌市, 大阪市, 東京都, 那覇市, 広島市, 仙台市, 佐賀市の8カ所で開催した。毎回70名前後の参加者があり, ウイルス肝炎患者のあり方, 偏見差別の問題について参加者とともに活発な議論を行った。患者会に寄せられた電話相談事例を基に, 病院受診時の告知の問題, 職場での肝炎検診における問題, 肝炎であることを理由の解雇や出勤停止, 就職や結婚に関する問題をテーマとして, 参加者とともに討論を行った。参加者からは肝炎患者への偏見差別を減らすための具体的な方法を見出すことへの期待, このような公開シンポジウムの開催を引き続き行うことなどの期待が寄せられた。

座談会集の作成

 肝炎患者に対する偏見や差別事例とその解説について座談会形式で編集した冊子『肝炎患者のおかれた状況について考える』を作成し関係者に配布した。今後は, その内容について研究班としてソーシャルネットワークを立ち上げて広く紹介できるように計画している。

最後に

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延化に伴い, その患者だけでなく患者を受け入れる医療機関のスタッフやその家族に対する差別偏見の問題が発生している。感染症患者への差別偏見の問題は, 過去のものではなく現在進行形, 現代社会の問題として取り組み対処すべきと考える。研究班では, 今後も研究班活動を介して肝炎患者が安心してこの世の中で暮らせるような仕組みを作り上げたいと考えている。


 
独立行政法人        
国立病院機構長崎医療センター
 八橋 弘 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan