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C型肝炎ウイルス発見前後

(IASR Vol.42 p12-14: 2021年1月号)

 

 新しい病原ウイルスを確定するためには, 感受性のある適切な実験動物の存在が不可欠である。1970年代末に, チンパンジーがヒト以外に唯一非A非B型肝炎ウイルスに感受性を持つことがわかり, 1980年初め頃からチンパンジーを用いた地道な感染実験が日米で行われるようになった。日本では国立予防衛生研究所(予研)で, 病理部長だった志方俊夫先生がチンパンジーの感染実験を行っていた。米国ではCenters for Disease Control and Prevention(CDC)のDW Bradleyが血漿を用いる精緻なチンパンジー感染実験を続けていた。

 1982年, 私はUniversity of California, San Francisco(UCSF)に留学する機会を得て, 生理生化学教室主任教授のWJ Rutterに指導を仰ぐことになった。ところが, 私が到着する直前にRutter先生はChiron社というベンチャー会社を設立しており, 非A非B型肝炎ウイルスのクローニングのような「ものになる」ことが期待されるプロジェクトは, ここでやるということであった。Mike HoughtonはLondonから専門家としてrecruitされ, すでに赴任していた。

 Chiron社はRutter labの優秀なポスドクを中心に形成されていたが, 感染性のあるagentを扱う発想に欠けていた。Mikeとたったふたりでラボの設定から始めた。隣町のオークランドの海軍生物実験施設を使ってRNA抽出したりなどした。初期の実験は志方先生から提供を受けたチンパンジー肝組織からのcDNAライブラリーからコントロール組織のcDNAライブラリーを引き算する+/-differential hybridizationを試みたが, 採れたものはすべて宿主由来のsequenceであった。そもそもこのチンパンジー肝組織中に非A非B型肝炎ウイルスが存在しているという確証はなかった。1983年, CDC, Bradleyとの共同研究がスタートした。Bradleyの提供した出発材料はチンパンジーの感染価の分かったチンパンジー血漿だった。しかし, やはり採れたsequenceは宿主由来で私は予研に戻り, Mikeとのコンタクトは続いた。

 大きな転機となったのは(i)Bradleyのチンパンジー感染実験が着々と進み, しかも106CID50という高い感染価を持ったチンパンジー血漿が提供されたこと1), (ii) CaltechのDavis研究室でλgt11発現ベクターにcDNA libraryを組み込み, 大腸菌に感染させ溶原化したプラークを特異的抗体を用いて同定する系が確立し, 一般化したこと2), (iii) Houghton はこの系を用いて患者血漿からDeltaウイルスのsequenceを釣り上げる試行実験に成功したこと3), 等が挙げられる4)

 当初, Houghtonが作成したlibraryからQ-L Chooが試みたscreeningでは1つのクローンも採れなかったという3)。次のlibraryは工夫をこらし感染チンパンジー血漿を超遠心し, 濃縮したpelletから作成された。そしてALT値が高値を示した1人のアメリカ人患者血清でscreeningをかけた。Q-L Chooによって6個のクローンが得られた。そのうち3クローンはHoughtonが血漿からの抽出にcarrierとして加えたMS2ファージ由来であった(これは意図的に加えた微量のRNAがきちんと発現され, 抗体によって認識されているという証左でもある)。2個は宿主タンパク遺伝子由来であった。そして154塩基対のクローン(Clone 5-1-1)が残った!

 Clone 5-1-1は全く新しいウイルスのgenome由来であった5)。Gene walkingでこのcDNAをlibraryから伸長させた結果, 全長~10,000塩基, +の単鎖RNA由来であり, その遺伝子配列はflavivirusの配列と一部相同性を示し, その配列から想定されるgenome構造はflavivirus genomeと似たものであった5)。Clone 5-1-1を大腸菌, 酵母で発現させた産物は感染チンパンジーの血清とのみ反応し, 感染前血清や非感染チンパンジーの血清とは反応しなかった。また, 一部の輸血後肝炎患者血清とも反応し, 発症初期や発症前の血清とは反応しなかった6)

 得られたクローンは確かに1人の輸血後非A非B型肝炎患者に存在したウイルス(しかもチンパンジーでその感染性を証明された)のgenomeに由来した。しかしこのクローン化された遺伝子の断片がまさしく非A非B型肝炎の原因ウイルスHCV由来であると普遍的に評価されるためには, さらなる検証が不可欠だった。Clone 5-1-1が採れると直ちにG KuoがClone 5-1-1を酵母で発現させ, そのタンパクに対する抗体(C100-3抗体)検出系を作り上げた6)。世界中の輸血後非A非B型肝炎患者で調べられたが, 抜きん出ていたのが米国のAlterのパネルと日本の輸血後肝炎研究班(片山透班長)のパネルであった。それぞれ, HCV遺伝子が単離されるはるか以前から, 全く独自にそのコントロール血清とともに詳細な臨床データが解析され, 保存され, 学界で認知, 評価されていたものである。このパネルがHCVと見事に特異的に反応するとdecodeされた瞬間こそ, HCVが世界中で長年求められていた非A非B型輸血後肝炎の原因ウイルスと同定された瞬間であった7-9)はその時の日本の生データである。

 日本の輸血後肝炎研究班で保管されていた血清には輸血に実際に用いられ, 輸血後肝炎を来した供血者の血清もあったので, このアッセイ系は同時に輸血用血液のスクリーニングに有用であることが明確に示された10)。これらの日本独自のデータはChiron社のC100-3抗体検出系が輸血血液のスクリーニングに世界に先駆けて日本で認可されることに大きく寄与し, その結果, 輸血後非A非B型肝炎は激減した。

 さらにHCVが輸血後非A非B型肝炎の起因ウイルスであることを明快に示す証拠が日本からもたらされた。実際に輸血に供され, 受血者に肝炎を発症させた1人のHCV carrierである日本人供血者から当時出始めたばかりのPCR法により直接HCV遺伝子断片が単離され11-13), 後になってgenome全長のsequenceも明らかにされた(HCV JH株)14)。断片ではあるが, Chiron社の情報公開に先立ち, 世界で初めて紙上発表されたHCVのsequenceとなった11)

 下遠野らは世界で初めてHCV-J株(1b型)の全塩基配列を発表し15), ついでHCV配列の特徴である3’末端構造を明らかにした16)。その後, 日本からは次々にHCV-BK株17), HC-J6株(2a型)18), HC-J8株(2b型)19)の全塩基配列も相次いで発表され, 世界のHCV研究をリードした。しかし, ウイルスを培養細胞に感染増殖させる実験は, 困難を極め研究の障害となっていた。そのブレイクスルーとなったのは, 1999年のBartenshlagerらによるレプリコン細胞系の確立20)と2005年の脇田らによる培養細胞感染系の確立21)である。これによって, HCVの感染, 侵入から粒子産生までの全過程が培養細胞で詳細に解析できるようになり, HCVに特異的な阻害剤の探索, 評価に大きく貢献した。

 
参考文献
  1. Bradley DW, et al., Gastroenterology 88: 773-779, 1985
  2. Young RA, et al., Proc Natl Acad Sci USA 80: 1194-1198, 1983
  3. Houghton M, J Hepatol 51: 939-948, 2009
  4. 宮村達男, 臨床消化器内科 29: 785-791, 2014
  5. Choo Q-L, et al., Science 244: 359-362, 1989
  6. Kuo G, et al., Science 244: 362-364, 1989
  7. Alter HJ, et al., N Engl J Med 321: 1494-1500, 1989
  8. Miyamura T, et al., Proc Natl Acad Sci USA 87: 983-987, 1990
  9. Saito I, et al., Proc Natl Acad Sci USA 87: 6547-6549, 1990
  10. Katayama T, et al., Transfusion 30: 374-376, 1990
  11. Kubo Y, et al., Nucl Acids Res 17: 10367-10372, 1989
  12. Takeuchi K, et al., Gene 91: 287-291, 1990
  13. Takeuchi K, et al., J Gen Virol 71: 3027-3033, 1990
  14. Aizaki H, et al., Hepatology 27: 621-627, 1998
  15. Kato N, et al., Proc Natl Acad Sci USA 87: 9524-9528, 1990
  16. Tanaka T, et al., Biochem Biophys Res Commun 215: 744-749, 1995
  17. Takamizawa A, et al., J Virol 65: 1105-1113, 1991
  18. Okamoto H, et al., J Gen Virol 72: 2697-2704, 1991
  19. Okamoto H, et al., Virology 188: 331-341, 1992
  20. Lohman V, et al., Science 285: 110-113, 1999
  21. Wakita T, et al., Nat Med 11: 791-796, 2005

 
国立感染症研究所 宮村達男 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan