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新型コロナウイルス感染症の感染性

(IASR Vol. 42 p30-32: 2021年2月号)

 
はじめに

 2019年12月に中国武漢市で初めて確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2020年2月から急速に世界で拡大し始め, Johns Hopkins大学が集計しているCOVID-19ダッシュボードによると, 2020年12月31日の時点で世界で8,342万人が感染し, 181万人以上が死亡した1)。COVID-19はこれまで世界的に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)などのコロナウイルス感染症よりも強い感染性を示すとともに, 無症状者や無症候期にも感染性があることが確認され, 潜在的に流行が拡大しやすく全体像を把握しづらい特徴がある。本稿では, COVID-19に関する報告を基に, 流行状況の把握や感染対策を考える上で必要な感染性を示す重要な指標についてまとめた。

R0(基本再生産数)とRt(実効再生産数)

 「感染性=transmissibility」を表す指標として, 基本再生産数(R0)や実効再生産数(Rt)が用いられる。R0とは, ある感染症に対して全く免疫を持たない集団の中で, 1人の感染者が平均して何名の二次感染者を発生させるかを推定した値である。R0が1を超えると, 1人の感染者が1人以上の二次感染者を生み出したことになり, 感染拡大が持続していることを意味する。感染拡大初期の中国湖北省のデータから, COVID-19のR0は2.1-5.1と推定されおり2), MERS-CoVのR0=0.7やSARS-CoVのR0=1.7-1.9と比べて, COVID-19が感染拡大しやすい感染症であることがわかる3)。ただし, 日本で2020年1月に発生したダイヤモンド・プリンセス号の感染拡大事例からR0が2.28(95%信頼区間:2.06-2.52)4)と推定されたように, 中国以外の解析結果はR0が2.1-3.2と全体的に低く推定されている2)。このR0のばらつきは, 使用したデータ, 適用した数理モデル, 想定した潜伏期間や発症間隔の違いだけでなく, 対象とする集団や環境の違いも影響していると考えられる5)。R0は病原体そのものの感染力や感染性の期間が影響するだけでなく, 同じ病原体であっても人との接触頻度など行動の違いによっても変動する。推定するために使用されたデータの背景を考慮した上で, R0の正しい解釈と理解が必要である。また, R0は感染全体の平均を表している値であって, 個人レベルの感染伝播を反映したものではないことにも注意が必要である。これまでの研究から, 1人の感染者が生み出した二次感染者の分布は, 過分散(dispersion)と言われる傾向を示すことが知られている〔:新型コロナウイルス厚生労働省対策本部クラスター対策班(2020年2月26日時点)〕。これは, 大多数(80%)の二次感染者は少数(~10%)の症例から感染していることを意味している6)。つまり, R0が2の場合, すべての感染者が平均して2人の二次感染者を発生させているのではなく, 少数の感染者が5人, 10人と多くの二次感染者を生み出す大規模な集団発生を引き起こし, 結果としてR0が平均して2になっているのである。このことからクラスターと呼ばれる集団発生が感染拡大の要因であることがわかり, クラスター対策がCOVID-19の感染対策の大きな柱の1つとなった。

 一方, Rt(実効再生産数)は, すでに感染が拡大している環境下のある時間tにおいて, 1人の感染者が平均して何名の二次感染者を発生させるかを推定している。その時々の感染状況を反映し, Rtが1未満であると感染拡大を抑制できている状態, Rtが1を超えると感染の流行が持続していることを示すことから, 多くの国で日々の流行状況のモニタリングやリスクアセスメントの指標に用いられている。しかしこのRtにだけ比重を置いたリスクアセスメントには注意が必要である。Rtの短所として, タイムラグ(感染から発症, 報告までに要する期間)を考慮する必要があること, 拡大したクラスターの影響が強く反映され, 地域全体の状況を表していない可能性があること, 少数症例の場合には正確性に欠けること, サーベイランス体制や検査体制, 検査受診行動の影響を受けることなどがあり, それらを考慮した上でRtを評価する必要がある。

潜伏期間と発症間隔

 感染症の拡大を予測し, 感染対策を考える上で重要なのが, 感染症の潜伏期間(incubation period)と発症間隔(serial interval)である。潜伏期間は感染した日から症状が出現するまでの期間を指すが, COVID-19の場合, 患者によって1~14日まで幅があると言われている。感染拡大初期に実施された7研究の平均潜伏期間は1.8~6.9日であり(ただし, 6研究の平均潜伏期間は5日以上)2), 中国のメタ解析結果からは5.08(95%信頼区間:4.77-5.39)日であった7)。大部分の症例が感染から14日以内に発症しているという事実を基に, 多くの国で感染後2週間の隔離が実施されている。2020年12月に米国疾病予防管理センター(CDC)は, 継続した調査の必要性や隔離後の感染リスクにも言及しつつも, 隔離中に症状がなければ, 隔離期間を10日間に短縮する方針を発表した。これは, 14日間の隔離による個人の肉体的, 精神的, 経済的負担の低下や, 地域全体のコンプライアンスを高めることを目的としている。しかし, 10日間の隔離後周囲へ感染させるリスクは低いものの, 1.4%(範囲:0.1-10.6%)程度のリスクは残るため, 14日間の継続した健康観察とマスク着用, 手指衛生といった薬剤以外の介入(non-pharmaceutical measures: NPI)の必要性についても言及されている8)

 発症間隔は, 感染連鎖した一次感染者の発症から二次感染者の発症までの期間であるが, これまで7つの研究結果から平均4.0~7.5日であると推定とされている2)。また感染拡大初期に特定された28ペア(感染者-被感染者)の解析からは, 4.6(95%信頼区間:3.5-5.9)日と推定された9)。COVID-19の発症間隔は, 潜伏期間よりも短い傾向にあり, これは二次感染者への感染伝播が発症前の潜伏期間中にも起こっていることを示している。無症候期(感染から発症まで)の感染者から二次感染した割合が44%(95%信頼区間:30-57%)を占めることもこれまで報告されている10)。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ウイルス量のデータも発症日をピークにその後漸減しており, 発症前後の感染力の強さを支持する結果であった10)。発症前に会食に参加し二次感染を発生させた事例や, 家庭内感染での感染率の高さも無症候期の感染性と関連しており, 発症後の入院措置や自宅待機だけでは感染拡大を防ぐことは難しいため, 濃厚接触者に対する健康観察と行動制限や, 地域や国全体の行動制限が感染拡大防止の観点からも重要である。

おわりに

 COVID-19は, これまでのコロナウイルス感染症より強い感染力を示し, 潜伏期間中や無症状者からの感染リスクが感染対策をより困難なものとしてきた。これまで, 流行状況に応じて, COVID-19の感染リスク低減のため, 3密(密集, 密接, 密閉)を避ける感染拡大防止や新しい生活様式普及の提言や, 緊急事態宣言やGoToキャンペーンなど, 人の流れにかかわる政策が発出されてきたが, 継続して感染の流行状況や感染対策の効果を感染者数や検査陽性率, 検査数やRtなどの多面的な指標でモニタリングし, 適切な感染対策を推し進めていく必要がある。

 

参考文献
  1. Johns Hopkins University JHU, COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE),
    Available from: https://coronavirus.jhu.edu/map.html (2020 Dec 31)
  2. Biggerstaff M, et al., Emerg Infect Dis 26(11): e1-e14, 2020
  3. Petrosillo N, et al., Clinical Microbiology and Infection 26(6): 729-734, 2020
  4. Zhang S, et al., International Journal of Infectious Diseases 93: 201-204, 2020
  5. Delamater PL, et al., Emerg Infect Dis 25(1): 1-4, 2019
  6. Endo A, et al., Wellcome Open Res 10; 5: 67, 2020
  7. He W, et al., J Med Virol 92(11): 2543-2550, 2020
  8. Options to Reduce Quarantine for Contacts of Persons with SARS-CoV-2 Infection Using Symptom Monitoring and Diagnostic Testing,
    https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/more/scientific-brief-options-to-reduce-quarantine.html (2020 Dec 2)
  9. Nishiura H, et al., International Journal of Infectious Diseases 93: 284-286, 2020
  10. He X, et al., Nature Medicine 26(5): 672-675, 2020

  
国立感染症研究所感染症疫学センター
 宮原麗子 有馬雄三 鈴木 基

 

 

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