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鹿児島県与論島における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)クラスターの発生と対応

(IASR Vol. 42 p40-42: 2021年2月号)

 
はじめに

 鹿児島県与論島は鹿児島市中心部から約600km離れた沖縄本島に程近い距離に所在する離島である。同島の人口は約5,000人で, 与論献奉(よろんけんぽう)*1など島独自の文化を有しており, 農業・観光業が盛んな島である。島へは民間機が1日3便(鹿児島空港, 奄美空港, 那覇空港), フェリーが1日1便就航している。2020年7月, 11月に与論島において新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のアウトブレイクが発生し, それぞれ56例(7月)*2, 60例(11月)*3の感染者が確認された。国内における離島でのCOVID-19事例の報告は少ないため, それらの状況と得られた課題について報告する。

各アウトブレイクの概要

 1回目(7月)

 2020年7月21日に同島在住者1名の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)検査陽性が判明した。疫学調査の結果, 7月15日に島外から来た友人らと町内居酒屋にて飲み会を実施しており, その飲み会の同席者や職場関係者らに対して検査を実施したところ, 7月22日, 23日に新たに20名以上のSARS-CoV-2検査陽性が判明したため, 7月24日に県知事・与論町長連名で来島自粛の呼びかけを行った。その後の疫学調査により, 7月中旬に同島へ観光客が多く訪れており, 7月15~21日にかけて, 島内の複数の居酒屋で複数回の飲み会の開催が認められ, それらの参加者や同居家族, 医療機関を中心に感染者が発生していたことが分かった。

 2回目(11月)

 2020年8月7日にSARS-CoV-2検査陽性者が1名確認されて以来, 同島において発生がない状況がしばらく続き, 8月23日には来島自粛の解除が行われ, 来島者が徐々に増加した。2020年11月2日に同島在住の3名のSARS-CoV-2検査陽性が判明し, 疫学調査の結果, うち1名が同島内の接待を伴う飲食店(飲食店A)や町内居酒屋の利用歴があった。その飲み会の同席者や飲食店の従業員, 職場関係者らに対して検査を実施したところ, 11月3日, 4日に新たに20名弱のSARS-CoV-2陽性が判明した。その後の疫学調査により, 少なくとも10月中旬頃から感染者がいた可能性があったこと, 飲食店Aの利用者やスタッフ等の関係者の感染が55%(33名/60名)と多く, それらの同居家族, 学校, 医療機関を中心に感染者が発生していたことが分かった。

アウトブレイク事例の課題

 1回目の集団発生後, 与論町役場, 島観光協会, 与論町商工会議所が協力して, 島内飲食店におけるCOVID-19感染防止のためのチェックリストの作成や, 3密を避けた店舗作りを鹿児島大学病院の感染症専門家(ICD)のアドバイスを基に実施し, 対策を行ってきた。これらの対策は一定の効を奏したと思われるが, 一方で接待を伴う飲食店等, 3密の回避が困難な業態の店舗での対策遵守や, 利用客側への感染対策の周知・徹底が十分でなかった可能性が考えられた。また1回目, 2回目いずれにおいても島内への流入経路は明らかではないが, 観光業が盛んな島であり, 継続的に島外からの人流があることを念頭に置いておく必要があると思われた。

その他の課題と対応

 その他見られた課題として, ①保健所が同島内になく, 遠隔からの情報収集や対応を強いられた, ②入院可能な医療機関が島内に1つしかなく, 入院対応, 検体採取と当該医療機関や医療従事者への負担が集中した, ③患者や検体の島外への搬送が天候に左右され, 時間や手間を要したため, 対応が遅れることもあった。

 ①について, 与論島は鹿児島県徳之島に所在する徳之島保健所の管内であり, 当該保健所は与論島以外の離島も管轄にあるため, 職員が現地に駐在し対応することが困難であった。そこで1回目の集団発生期間中に同島内に県庁対策本部, 県保健師を中心とした支援チーム(Yoron-Corona-Health Emergency Assisstance Team: Yoron-C-HEAT)を発足させ, 県-保健所-医療機関-町役場間の情報共有や対応の調整等を行えるようにし, 2回目の集団発生時においても当該スキームを継続し, 毎日のWEBミーティング等で適宜情報共有を図った。②③については, 同島内で発生したCOVID-19疑い患者の検査は, 鹿児島市内にある鹿児島県環境保健センター, あるいは委託民間検査会社で実施しており, 医療機関で午前中に検体を採取し, 午後の民間機で鹿児島へ搬送していたが, 悪天候時には直行の航空便が欠航し, 経由便での搬送となり, 検査結果判明, 対応が遅れる事態が頻発した。そのため, 2回目の集団発生時において, 鹿児島県環境保健センターの協力のもと, 国立感染症研究所から専門スタッフ1名をPCR検査機器2台, その他資材等とともに現地へ派遣し, 同島の医療機関内にモバイルラボを設置し, 同島内で検査実施から結果判明までのプロセスを完結できるようにした。その結果, 従来までは, 天候不良の日には午前中に採取した検体の検査結果が23時頃に判明し, 保健所職員はその時点から検査結果の連絡や疫学調査等を実施していたが, モバイルラボの設置により, 早ければ同日午前中に結果が判明するようになり, 対象者への結果の連絡を早い段階で行うことができた。

今後の対策等

 離島は, 限られた行政・医療資源, 厳しい自然環境, 島独自の慣習や伝統文化など, 様々な制約や条件がある中でCOVID-19の対応を強いられる。迅速かつ端的に, かつ少人数での対応を可能とするYoron-C-HEATのようなチームは, 今後の離島対策の1つのモデルケースである。また, 島民の生活に配慮しつつ, 離島独自の背景を考慮に入れたバランスの取れた感染防止対策の実施が必要である。従来から実施している飲食店向けのチェックリストの遵守の確認に加え, 今後, 島外からの人の流入を念頭に, 飲食店, 特に接待を伴う飲食店においては, 通常の感染予防策に加え, 島外からコロナウイルスが侵入しないようにする対策(観光客への入店時検温, リゾートバイト等で島外から短期間働きに来るようなスタッフへ予めのPCR検査を実施, 等), 患者探知時の感染拡大防止の対策(来客の連絡先の記録等)を実施していくことが推奨される。また, 店舗だけでなく, 利用客側の意識向上も不可欠であり, 行政からの来島者への丁寧な周知が引き続き求められる。

 モバイルラボの検査支援事業については, 今回の実施によって, 病院, 保健所等現地のスタッフの負荷軽減に寄与し, その後の迅速な公衆衛生対応へつなげることが可能であると示された。今後, 実用化に向けて, 派遣する人員や機器の確保, 依頼を受けて現場での初期評価の実施, 派遣先の地方衛生研究所や保健所等との連携や, 地元リソースの活用等, 具体的な派遣スキームを構築していく必要があると考えられる。

 *1: 与論島への客人をもてなすための儀式的な飲酒方法。同じ杯(器)を使用し, 主人から順に客人全員に対して1杯ずつ酒を献上し, 口上を述べてから酒を飲み干していく
 *2: 島外者1名を含む, *3: 島外者4名を含む


 
鹿児島県くらし保健福祉部       
 中俣和幸              
鹿児島県大島支庁保健福祉環境部長   
(名瀬保健所・徳之島保健所)      
 松岡洋一郎             
鹿児島県環境保健センター微生物部   
 本田俊郎 濵田結花         
鹿児島県名瀬保健所健康企画課疾病対策係
 川上義和              
鹿児島大学病院感染制御部       
 川村英樹              
国立感染症研究所           
実地疫学専門家養成コース(FETP)   
 門倉圭佑              
同感染症疫学センター         
 神谷 元              
同細菌第一部             
 小泉信夫  

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