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海外におけるMDRAの現状―特にアジアでの状況について―

(IASR Vol. 42 p52-53: 2021年3月号)

 

 1970年代に初めてヒト感染症起因菌として報告されたアシネトバクター属菌であるが, 当初臨床的意義はほとんど見出されなかった。しかしながら現在はその高度薬剤耐性化にともない, 最も重要な院内感染原因菌の1つとして認識されるようになっている。アシネトバクター属菌は60菌種を超えるが, その中でも特にAcinetobacter baumannii, A. nosocomialis, A. pittii, A. calcoaceticusが, 臨床的に問題となる代表的なアシネトバクター属菌としてA. calcoaceticus-A. baumannii(ACB)complexとして呼称されている。多剤耐性アシネトバクター(multidrug-resistant Acinetobacter:MDRA)は広域β-ラクタム薬(カルバペネム系薬), アミノグリコシド系薬, ニューキノロンに対して耐性を示すアシネトバクター属菌を指し, 特にカルバペネム耐性が臨床的に問題視されている。また本菌感染症は感染症法上, 5類感染症全数対象把握疾患と指定されているが, わが国における2019年の届出数は24例であり, 全数把握が開始された2014年以降, 2015年の38例を最大報告数としてMDRA感染症の増加が認められる状況には至っていない。また2019年度, 厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)によると, アシネトバクター属菌の薬剤耐性率はメロペネム 1.4%, イミペネム 1.8%, アミカシン 2.1%, レボフロキサシン 7.5%, 分離された医療機関も全体の1.4%と, メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)や他の薬剤耐性菌と比較して日本国内におけるMDRAはコントロールされた状況であるといえる。一方で, わが国と比較して海外におけるMDRAの耐性度は大きく異なる。SENTRY Antimicrobial Surveillance Programに示された2013~2019年における世界のアシネトバクター属菌の薬剤耐性率は, メロペネム 60.9%, イミペネム 59.3%, アミカシン 50.5%, レボフロキサシン 61.6%と報告されているが, 世界の地域, 年度ごとによっても耐性(メロペネム)の程度が異なっている(図11)。日本の現状と比較した場合, その違いは歴然としており, 日本におけるMDRA検出の少なさが際立っている。このことは日本におけるMDRA症例の多くが海外からのMDRA持ち込みによると推定される。そのため, 諸外国のMDRA蔓延状況を把握し, また院内感染対策を考えた場合, MDRA蔓延国からの帰国入院患者に対する薬剤耐性菌スクリーニングが重要であることは明らかである。このような観点から, 日本からの旅行者が多い近隣諸外国におけるアシネトバクター属菌の耐性率をみてみると, オーストラリアを除いては軒並み50-90%超がメロペネムに対して耐性を示しており, 経年的な変化もあまりみられない(図2)。このデータや, 2014年に報告された三重県における東南アジアからの帰国者を介して発生した院内アウトブレイク事例等からも, 海外からのMDRA持ち込みリスクが非常に高いことが理解できる。

 世界的に蔓延がみられるMDRAであるが, 頻繁に検出されるA. baumanniiにおいては, 2つのglobal clone(GC1, GC2)がデータベースに登録されたゲノムの6割程度までに集約される2)。GC1にはパスツールmultilocus sequence typing(MLST)におけるST1, GC2にはST2が含まれるが, 特にOXA-23型カルバペネマーゼを保有するGC2がグローバルな広がりをみせている。特にアジア地域では, OXA-23型以外のOXA-24型やOXA-58型カルバペネマーゼを保持するA. baumanniiの報告は非常に少なく, 国境を越えたclonalな拡散伝播が生じていると考えられる。一方で, ST79やST25のように新たに出現したクローンや, 日本や南米, アフリカ等のようにGC1, GC2が主要なクローンとして検出されていない国や地域もあることから, 感染対策や分離菌株の疫学調査を実施する上で重要な情報となりうる。

 以上のように, MDRAはAntimicrobial Resistance(AMR)グローバルアクションプランが採択された2015年以降も大きな減少をみせずに広がっている。一方で, MDRAに対して使用されるコリスチンやチゲサイクリンに対する耐性株の出現も報告されており3,4), 今後も継続した警戒が必要である。

 

参考文献
  1. SENTRY Antimicrobial Surveillance Program
    https://www.jmilabs.com/sentry-surveillance-program/
  2. Hamidian M, et al., Microb Genom 5: e000306, 2019
  3. Salehi B, et al., J Infect Chemother 24: 515-523, 2018
  4. Javed H, et al., Gut Pathog 12: 54

大阪大学医学部附属病院感染制御部
 明田幸宏  

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