印刷
IASR-logo

TMB-1メタロ-β-ラクタマーゼ産生Acinetobacter pittiiを検出した1例

(IASR Vol. 42 p56-57: 2021年3月号)

 

 今回, 本市においてメタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)の産生が示唆されるアシネトバクター属菌が分離されたが, 当所で通常実施している遺伝子検査ではカルバペネマーゼ遺伝子の検出に至らなかったため, 国立感染症研究所(感染研)において詳細解析を実施したところ, 世界的にも報告例が少ないTMB-1 MBL産生Acinetobacter pittiiであることが判明したので報告する。

背 景

 症例は市内病院において入院治療を受けていた90歳・女性, 海外渡航歴なし。発熱が認められたため, 培養検査を行ったところ, 喀痰よりカルバペネム系薬剤に耐性を示すアシネトバクター属菌が分離された。アミカシン(AMK)およびレボフロキサシン(LVFX)には感性であったが(), 腸内細菌科細菌での方法に準じ参考として実施されたmodified Carbapenem inactivation method(mCIM)で陽性を示し, カルバペネマーゼ産生が示唆された。喀痰から菌が検出されたが肺炎は認められず, 発熱の起因菌ではないと判断されたが, 院内での感染伝播防止の観点から保健所の判断により行政検査を実施するに至った。

当所における試験結果

 当所において菌種同定, 薬剤感受性試験を実施し, 医療機関と同様の結果であることを確認した()。メルカプト酢酸ナトリウム(SMA)ディスク(栄研化学)を用いたMBL産生性試験では, SMAによるメロペネムおよびセフタジジム阻止円の明瞭な拡大が認められ, MBL産生が示唆された。

 次にMBL遺伝子4種(IMP型, NDM型, VIM型, KHM型), その他のカルバペネマーゼ遺伝子4種(KPC型, OXA-48型, GES型, IMI型), OXA型カルバペネマーゼ遺伝子4種(OXA-51-like, OXA-23-like, OXA-40/24-like, OXA-58-like), およびOXA-51-like β-ラクタマーゼの発現量を上昇させるプロモーター配列を含むISAba1についてPCRを実施したが, いずれも陰性であった。

 アシネトバクター属菌のうち, A. baumanniiは通常, 染色体上にOXA-51-likeβ-ラクタマーゼをコードする遺伝子を持つ。ここまでの検査結果から, 当該菌株はA. baumannii以外のアシネトバクター属菌であり, 本菌株のカルバペネム耐性はMBL産生によることが示唆されるものの, 当所で検出可能なMBL遺伝子ではないことが考えられたため, 感染研薬剤耐性研究センター第一室に菌種の同定および遺伝子解析を依頼した。

感染研における菌種同定および遺伝子解析結果

 rpoB塩基配列に基づく菌種同定法1)によりA. pittiiと確認され, PCR法によりTMB型MBL遺伝子が検出された。TMB型MBL遺伝子を含むと予想されるインテグロン構造配列を5’末端と3’末端よりPCR法で増幅し, 得られた約1,200bpの塩基配列をサンガーシークエンスにて決定したところ, TMB型MBL遺伝子の塩基配列はblaTMB-1(Accession No.FR771847)と一致した。以上の結果から, TMB-1 MBL産生A. pittiiであることが判明した。

 その後の全ゲノム配列解読の結果, 菌種はA. pittii, blaTMB-1は推定総塩基長241,383bpのプラスミドに存在し, その他の獲得型β-ラクタマーゼ遺伝子は検出されなかった。multilocus sequence typing(MLST)(Pasteur法)はsequence type 119(ST119)であった。A. pittii ST119の過去の国内検出例として, blaIMP-19保有株の京都・滋賀地域での地域的流行が報告されている2)

考 察

 薬剤耐性アシネトバクター感染症が全数把握対象疾患になってからの年別報告数は, 2014年15例, 2015年37例, 2016年33例, 2017年28例であり3), 同じく全数報告対象のカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)感染症やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)感染症に比べるとその報告数自体は少ないものの, 近年, 複数の大規模な院内感染事例が報告されており, 注意が必要な感染症の1つである。アシネトバクター属の産生するカルバペネマーゼはOXA型の報告が多く, MBLとしては国内ではIMP型がしばしば報告されるが4), 今回筆者らは世界的にも報告例の少ないTMB型MBL産生A. pittii検出の機会に遭遇した。TMB-1 MBLは, 2012年にリビアのトリポリで分離されたAchromobacter xylosoxidansで最初に報告された5)。日本国内におけるTMB型MBL産生アシネトバクター属菌の報告は6株確認できたが, その菌種は単一ではなく, TMB-1産生株としてA. baumanniiおよびA. calcoaceticus6,7), TMB-2産生株としてA. pittii, A. genomic species 14BJおよびA. soliが報告されている8,9)

 アシネトバクター属菌の集団発生の報告例は, その多くがA. baumanniiによるものであり10-12), 今回検出されたA. pittiiによる報告は非常に少なく, 本症例も散発事例であった。その後, 同一病院および市内の他病院からのTMB-1 MBL産生アシネトバクターの分離報告はない。通常, 薬剤耐性アシネトバクター感染症届出のための検査所見を満たさない場合には, 当該検体が当所へ搬入されることはほとんどなく, 行政検査とならないことが多いが, 今回は届出のない患者検体からTMB-1 MBL産生A. pittiiを検出するに至った。これは市内医療機関への協力依頼を積み重ね, 良好な関係と連携体制を構築してきたことによるところが大きいと思われる。

 今回のように国内での報告例が非常に少ない耐性遺伝子を持つ株が搬入された際, 当所では実施可能なカルバペネマーゼ遺伝子についてすべての検査を試みても検出することができなかった。地方衛生研究所として, より広く迅速に耐性遺伝子の検出ができるよう, 今後も国や県などの関係機関との連携・協力をより密にし, 市民の健康のために検査体制の整備や手技の向上等に一層努めていきたい。

 

参考文献
  1. La Scola, et al., J Clin Microbiol 44: 827-832, 2006
  2. Yamamoto, et al., Clin Microbiol Infect 19: 729-736, 2013
  3. IDWR感染症法に基づく薬剤耐性アシネトバクター感染症の届出状況, 2018年
  4. 上地幸平ら, 日本臨床微生物学雑誌 28(2): 7-21, 2018
  5. El Salabi A, et al., Antimicrob Agents Chemother 56(5): 2241-2245, 2012
  6. Kayama S, et al., Antimicrob Agents Chemother 58(4): 2477-2478, 2014
  7. Oinuma K, et al., Genome announc 4(6): e01290-16, 2016
  8. Suzuki S, et al., J Antimicrob Chemother 68(6):1441-1442, 2013
  9. Kitanaka H, et al., Emerg Infect Dis 20(9): 1574-1576
  10. Ushizawa H, et al., Jpn J Infect Dis 69(2): 143-148
  11. 高田 徹, Animus No.69: 31-40, 2011
  12. 吉田真由美ら, 環境感染誌 Vol.29 no.2, 2

北九州市保健環境研究所
 有川衣美 村瀬浩太郎 大羽広宣 二宮正巳 
国立感染症研究所薬剤耐性研究センター 
 松井真理 鈴木里和 菅井基行      
北九州市保健所 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan