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レセプトデータを用いた流行性角結膜炎, 咽頭結膜熱の症例数の年間変遷解析

(IASR Vol. 42 p73-75: 2021年4月号)

 

 アデノウイルス(human adenovirus:Ad)は, 公衆衛生上重要なウイルスであり, Adによって引き起こされる流行性角結膜炎(epidemic keratoconjunctivitis:EKC)と咽頭結膜熱(pharyngo-conjunctival fever:PCF)は, 感染症法によって各々眼科定点, 小児科定点から毎週患者数が感染症発生動向調査週報(IDWR)(https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html)に報告されている。定点報告の解析では, 季節的な患者数の増減や年ごとの患者数変遷が確認されているが, 全国における患者総数の実態は不明である。Adはレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)オープンデータ1)によると, 公表されているすべての感染症関連の免疫学的検査の中でインフルエンザ, 梅毒, 溶血性レンサ球菌に次いで, 4番目に多く検査されている病原体であり, 年間約180万テスト以上が実施されている(図1)。しかしながら, わが国における実際のAd関連疾患の患者数は不明である。近年, 新型のAd流行も探知されており, 正確な患者数の把握は重要である。

 以上から, 我々は, 推定Ad患者を算出するために, NDB情報2)を基にした年間のEKC, PCF患者数を解析した。規定に従ってNDB利用申請を行い, 承諾を経てデータを入手した。データの利用には規定に沿って, レセプト情報・特定健診等情報の提供に関するガイドライン3)に従って解析を行った。これまでに解析結果を「流行性角結膜炎における迅速診断キットの利用状況の解析」(2019年 第56回日本眼感染症学会), 「PCF, EKC患者数について」(衛生微生物技術協議会第40回研究会)を報告した。これらの公表および, 研究紹介スライド4)の二次利用について, 厚生労働省より許可を得て実施した。これらの解析結果を概説する。なお本報告も公表の承認を得ている。

 対象としたレセプトデータは, 2012~2016年の間に, ①Ad関連検査, ②診断名がAdを含むもの(Ad関連疾患を含む), ③①かつ②の3パターンのレセプト数と患者数の各々を, 全国, 月単位, 年単位, 年齢別, 全数, 疑い例, 疑い例を除く等, で抽出したデータ一式を用いた。

 全国の患者数全体を年ごと等にまとめた結果を図2に示した。EKC患者数は2012~2016年で増加傾向が認められ, 2016年には74万人がEKCとして診断されていた。PCF患者は, 2012~2016年の間で大きな変動はなく, 年間約10万人が診断されていた。2016年における全EKC, PCF患者数を各々年齢階層別で解析した結果(図2B, C), EKCでは, 0~4歳が最も患者数が多く, 次いで30~34歳, 55~59歳に患者数の増加が認められ, 乳幼児, 30歳前後, 60歳前後に3峰のピークが存在した。男女比に大きな差はなかった。PCFでは, 0~4歳が最も患者数が多く, 15歳未満でおよそ9割を占めていた。

 次に, Ad検査数とEKC, PCF患者数との関係について, Ad抗原検査の有無と, “疑い”, “疑いを除く”患者数との差について解析した。これまでのデータはすべて, レセプトデータ上での疑い, 疑いを除く全症例を加算し全体数としたが, 本解析では各々別々に解析した。結果をにまとめた。EKCでは, 検査の有無で, 疑い, 疑いを除く患者数に大きな差はなかった。EKC診断患者のおよそ半数でAd抗原検査が使用されており, 疑いを除く患者では37.7%で, 疑い患者は75.4%で検査が実施されていた。PCFでは, 疑い患者での検査数が疑いを除く患者数よりも2.3倍多かった。PCF診断患者のおよそ7割が抗原検査を実施されており, 疑いを除く患者では47.5%, 疑い患者は84.4%で検査が実施されていた。EKC, PCF関連では, 全体でおよそ44万人がAd抗原検査を行っていた。以上の解析結果の要因は, “疑い”だから検査を実施したというレセプト特有の現象の可能性もあり不明であった。また, 検査を実施すれば疑い例は減るのではないかと予測したが, 実際は異なっていた。検査数全体(183万)(図1)の中で, およそ44万人にEKC(36万), PCF(8万)と診断名がつき, 成人での検査数はほぼEKCでの検査数が占めていることが示唆された。小児での検査数の大半がEKC, PCFの診断名とは関連していないことも示唆された。本稿では詳細は述べないが, 多くは, “Ad咽頭炎”等のAd関連感染症として検査されている。

 公表されている感染症発生動向調査データ5)を基に, 2016における眼科数, 小児科数を定点比で逆算した結果, 2016年のEKC推定患者数は年間30-40万であり6), 本解析結果(74万件)と大きな差はなかった。一方, 同様に推定PCF患者数は約50万であり6), 本解析結果(約10万件)と約5倍も多かった。小児科定点全体での報告数は約6.7万件であり, レセプトデータの患者数に近く, 登録小児科全体での換算よりも定点報告実数の方が近かった。

 EKCが眼科定点把握疾患であることや, PCFが小児科定点把握疾患であることが診断名へ影響していることや, 正確な診断名がレセプトに記載されていない可能性もある。今回の解析結果は, 眼科定点や小児科定点の有用性を示唆した。一方で, 定点把握数(IDWR)と, レセプトデータによる患者数との関連について, 精査が必要であることも示唆された。

 以上より, EKC, PCFの推定年間患者数と経年推移が初めて解析できた。現在, 2017, 2018年のデータを追加し, 再解析を行っており, 今後解析結果を公表予定である。

 

参考文献

 
国立感染症研究所感染症危機管理研究センター/HAdVレファレンスセンター 
 花岡 希 藤本嗣人  

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan