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感染症発生動向調査に届出された腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群, 2020年

(IASR Vol. 42 p98-99: 2021年5月号)

 

 溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の重篤な合併症の1つである。感染症発生動向調査で2020年に届出されたEHEC感染症のHUS発症例に関するまとめを報告する。

HUS発生状況

 感染症発生動向調査に基づくEHEC感染症の届出数(2021年3月4日現在, 以下暫定値)は, 2020年〔診断週が2020年第1~53週(2019年12月30日~2021年1月3日)〕が3,092例(うち有症状者1,987例:64%)で, そのうちHUSの記載があった報告は64例であった。性別は男性24例, 女性40例で女性が多かった(1:1.67)。年齢は中央値が8.5歳(範囲:1~92歳)で, 年齢群別では0~4歳が18例(28%)で最も多かった。有症状者に占めるHUS発症例の割合は全体で3.2%, 年齢群別では5~9歳が7.1%で最も高く, 次いで0~4歳が5.7%の順であった()。

EHEC診断方法と分離菌およびO抗原凝集抗体

 診断方法は, 菌の分離が34例(53%), 患者血清によるO抗原凝集抗体の検出が26例(41%), 便からのVero毒素(VT)検出が4例(6%)であった()。

 菌が分離された34例の血清群と毒素型は, 血清群別ではO157がHUS症例の74%(25例)を占め, 毒素型ではVT2陽性株(VT2単独またはVT1&VT2)が85%(29例)を占めた。また, 患者血清のみで診断された26例のうち, O抗原凝集抗体が明らかになった4例すべてがO157であった。

感染原因・感染経路

 確定または推定として報告された感染原因・感染経路(重複含む)は, 経口感染が33例(52%), 接触感染が5例(8%), 動物・蚊・昆虫等からの感染は無し, 「記載なし」または「不明」の報告が26例(41%)であった。経口感染と報告された33例中22例に肉類の喫食の記載があり, うち生肉(ユッケ, レバー, 牛刺し, 加熱不十分な肉等)の記載は3例(牛生肉1例, 牛たたき1例, 生焼けの牛肉1例)であった。

臨床経過(症状・転帰)

 保健所への届出時に報告された臨床症状は, 昨年と同様に腹痛, 血便の出現率がそれぞれ55例(86%), 52例(81%)と高く報告されていた。また, 届出時に脳症を合併していた症例は2例(3%)であった。届出時点で報告されていた死亡は1例で, HUS発症例における死亡例の割合は1.6%であった。

考 察

 2020年の有症状者(1,987例)は2019年(2,512例)と比べて大きく減少した。そのため有症状者に占めるHUS発症例の割合は2019年から大きな変化がなく3.2%でありながら, HUS症例数は現在の届出基準で比較可能な2006年以降で過去最少の64例となった。なお2006~2019年のHUS発症例の割合は, 2.1-4.3%であり, 2020年は過去と比べて突出する値ではなかった。また10歳未満の小児が多数を占め, 男性よりも女性が多い傾向は従来通りであった。

 感染原因・感染経路では, 2020年においても例年同様「肉類の喫食」が一定数報告されており, うちEHEC感染リスクが高いとされる生肉喫食の記載も依然として数例報告されていた。EHEC感染に伴うHUS等の重症化の要因は不明な点が多いため, EHECの感染そのものを予防することが重要である。EHEC感染予防として, 生肉(加熱不十分な肉を含む)の喫食を避けること, 食事前の手洗い, 調理時の食品の適切な取り扱い等の基本的な食中毒予防だけでなく, 保育施設や家庭内での患者との接触後や, 動物との接触後に十分な手洗いを行うなどの注意を払うことも重要である。


 
国立感染症研究所感染症疫学センター 

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