印刷
IASR-logo

アジアにおけるマクロライド耐性百日咳菌の検出状況

(IASR Vol. 42 p115-116: 2021年6月号)

 
はじめに

 中国ではマクロライド系抗菌薬に耐性を示す百日咳菌(macrolide-resistant Bordetella pertussis: MRBP)が流行し, アジア地域への拡散が危惧されている。これまで欧米などではMRBPの散発例が報告されていたが, MRBPの大規模な流行は世界で初めてのことである。百日咳治療の第一選択薬はエリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬であり, MRBPの感染拡大は従来の抗菌薬治療に直接影響する。本稿ではアジア地域におけるMRBPの検出状況ならびに本菌の耐性機序と分子疫学について概要を述べる。

MRBPの耐性機序

 百日咳菌のマクロライド耐性は23S rRNAの塩基置換に起因し, 2,047番目のアデニンがグアニンに点変異(A2047G)することにより高度耐性化する(MIC値, >256μg/mL)。百日咳菌はゲノム中に3コピーの23S rRNA遺伝子を有し, ほぼすべてのMRBP株が3コピーのA2047G変異を持つが, 1コピーのA2047G変異でも耐性化する。23S rRNAの変異以外に他の耐性機序(排出ポンプ, 23S rRNAのメチル化など)は関与しない。マクロライド耐性マイコプラズマでは23S rRNA配列中に耐性点変異の種類が複数認められるが, MRBPではA2047G変異に限定される。

アジアにおけるMRBPの検出状況

 中国では2011年に山東省で初めて2株のMRBPが臨床分離され, 続いて2012年に陝西省で4株が分離された()。その後, 都市部でもMRBPが分離されるようになり, 2013~14年の北京市を含む華北地域のMRBP分離率は91.9%, 2016~17年の上海市の分離率は57.5%にまで増加した。2014~16年の時点でMRBPは中国全土で分離されているが, 南部に比較して北部での分離率が高い傾向にある1)。2016年には陝西省西安市の小学校でMRBPのアウトブレイクが発生し, ST合剤(スルファメトキサゾール/トリメトプリム)の予防投薬が推奨された2)

 台湾では2011~12年に2株のMRBPが臨床分離され, その分離年は中国のMRBP出現時期と一致した3)。2003~07年の臨床分離株はすべてマクロライド感性菌であったこと, 2013年以降台湾ではMRBPが検出されていないことから, MRBPは一過性に出現したと考えられる。

 ベトナムでは2016~17年に百日咳患者10名からMRBPが初めて検出された4)。ベトナム北部で発生した百日咳患者53名のうち10名からMRBPのA2047G変異が検出され, その陽性率は19%を示した。MRBP陽性者は首都ハノイ市が7名, 近隣のタイビン省とハナム省が3名であり, ハノイ市を中心に感染者が確認された。その後2019年にもMRBPが検出されており, ベトナムではMRBPに対する継続した監視が必要である。

 日本では2018年に初めて大阪府でMRBPが臨床分離された5)。詳細については本号8ページの特集関連情報を参照していただきたい。なお, カンボジアではこれまでMRBPの出現は確認されていない。国立感染症研究所(感染研)が2016~20年の百日咳患者検体(70名分)を検査したが, MRBPのA2047G変異は1例も検出されなかった。

MRBPの分子疫学

 アジア地域で分離・検出されたMRBPの遺伝子型をに示した。反復配列多型解析(MLVA)法により, 中国のMRBPは主に3種類の遺伝子型(MT55, MT104, MT195)に分類され, 残り少数がこれら遺伝子型の亜型に属する1,6)。分子系統樹解析においてMRBPの遺伝子型は近接した位置にあり, 中国ではクローナルなMRBPが多様化を伴いながら拡散したと考察できる。一方, 台湾のMRBPは2株ともにMT104, 日本株はMT195, ベトナムではMT104とその亜型に分類された4,5)。いずれも中国のMRBP株と同様な遺伝子型を持つことから, 中国のMRBPが他のアジア地域に侵入・拡散した可能性が強く示唆される。なお, 日本や欧米などでは, MT104やMT195の遺伝子型を持つ流行株は極めて稀である。

おわりに

 わが国では2018年にMRBPが初めて分離され, 本菌に対する監視体制強化が必要となっている。MRBPはマクロライド系抗菌薬による除菌効果が有意に低下するため, 二次感染による感染拡大のリスクが高くなる7)。感染研ではMRBPの迅速検査法を開発し, 2020年9月に検査キットを地方衛生研究所の百日咳レファレンスセンター9施設に整備した8)。現在MRBPの検査は研究レベルで実施可能であり, 医療機関等で検査が必要なときは, 感染研または百日咳レファレンスセンターに問い合わせをお願いしたい。

 

参考文献
  1. Li L, et al., Emerg Infect Dis 25: 2205-2214, 2019
  2. Liu X, et al., Pediatr Infect Dis J 37: e145-e148, 2018
  3. Chiang CS, et al., Research report on Taiwan-CDC/NIID collaborative study, 2019
  4. Kamachi K, et al., Emerg Infect Dis 26: 2511-2513, 2020
  5. Yamaguchi T, et al., Jpn J Infect Dis 73: 361-362, 2020
  6. Xu Z, et al., Emerg Microbes Infect 8: 461-470, 2019
  7. Mi YM, et al., Pediatr Infect Dis J 40: 87-90, 2021
  8. 病原体検出マニュアル 百日咳(第3.0版)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Pertussis20200910.pdf

国立感染症研究所細菌第二部
 蒲地一成 小出健太郎 大塚菜緒  

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan