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本邦初のマクロライド耐性百日咳菌の分離および分子疫学解析について

(IASR Vol. 42 p116-117: 2021年6月号)

 

 百日咳は特有のけいれん性の咳発作を生じ, 生後6か月未満の乳児では呼吸困難により死に至る危険性が高い急性呼吸器感染症である。百日咳の治療には, マクロライド系抗菌薬を第一選択薬として用いることが推奨されているが, 近年マクロライド耐性百日咳菌(macrolide-resistant Bordetella pertussis: MRBP)の出現が問題視されている。1994年に米国アリゾナ州で初めて本耐性菌の分離が報告されて以降, フランス, 中国, イラン, ベトナム等1-5)で報告があり, 2016年には中国の一部地域において本耐性菌によるアウトブレイクも報告された6)。一方, わが国ではこれまでMRBPの分離報告はなかったが, 2018年に大阪府で分離された百日咳菌がMRBPであることが判明したので, その詳細について報告する7)。

背 景

 症例は2か月齢の男児であり百日せきワクチンの接種歴はなく, 1週間程度の咳が続きスタッカート様になることもあり, 医療機関を受診した。診察した医師が百日咳を強く疑い, その確認のために大阪健康安全基盤研究所に咽頭ぬぐい液が搬入された。

試験方法および結果

 搬入された咽頭ぬぐい液をスプタザイム(極東製薬工業)で溶解後, ボルデテラCFDN寒天培地(日研生物)に塗布し35℃で3日間培養を行った。発育したコロニーはグラム染色, 百日せきI相免疫血清「生研」(デンカ生研)およびMALDI-TOF/MS(ブルカー)により百日咳菌と同定された(菌株番号2018-52)。

 薬剤感受性試験はE-test(ビオメリュー)とボルデージャング培地(0.1%グリセロールおよび16.7%羊脱繊維血液添加)を用いて実施し, 対照として東浜株を使用した。その結果, エリスロマイシンおよびクラリスロマイシンのMICは256μg/mL以上, アジスロマイシンのMICは32μg/mLであることが判明した()。

 百日咳菌のマクロライド耐性は23S rRNAの変異によることが知られていたことから, 当該菌株の23S rRNA遺伝子をPCRにより増幅し, ダイレクトシーケンスによりその配列を解析した。その結果, 23S rRNAに遺伝子変異(A2047G)が認められた。反復配列多型解析(MLVA)およびptxP, ptxA, prn, fim3, fhaBの遺伝子多型解析を実施したところ, 当該菌株はMT195 ptxP1/ptxA1/prn1/fim3A/fhaB3に型別された。

考 察

 中国を含めこれまでに海外で分離されたMRBPで報告されている23S rRNAの変異はA2047Gのみであり, 大阪府で分離されたMRBPもそれらと同一の遺伝子変異を有していた。中国で分離されたMRBPのMLVA型は主にMT55, MT104, MT195であるが, 中国のアウトブレイク株はMT195 ptxP1/fhaB3であることが報告されており8), 当該菌株のMLVA型および遺伝子多型もこれと一致していた。これまでに国内で分離された百日咳菌においてMT195 ptxP1/fhaB3の報告はなく9), さらに本症例の患者は海外渡航歴がなかったため, この型別一致の結果は, 中国のアウトブレイク由来MRBPが何らかの経路で国内に侵入している可能性を示唆した。

 現在のところ, わが国ではMRBPの流行を疑う状況は認められていないため, 直ちに第一選択薬をマクロライド系抗菌薬から他の抗菌薬へ変更する必要はないと考えられる。しかしながら, 国内における MRBPの浸潤状況は把握されておらず, 状況によってはMRBPを念頭に他の抗菌薬を選択することを検討すべきであろう。なお, 本症例では治療のためクラリスロマイシンが投与されたが, 患者の再受診がなかったため, その治療効果は確認できていない。

 本症例は国内初のMRBP感染事例であり, その原因菌株の解析結果は, すでに海外からMRBPが侵入していることを示唆するものであった。今後, MRBPの流行を防ぎマクロライド系抗菌薬の有用性を確保するためには, 百日咳菌の分離, 収集, 解析を行う積極的な病原体サーベイランスが必要であると考えられた。

 

参照文献
  1. Lewis K, et al., Pediatr Infect Dis J 14: 388-391, 1995
  2. Guillot S, et al., Emerg Infect Dis 18: 966-968, 2012
  3. Wang Z, et al., Clin Microbiol Infect 20: O825-O830, 2014
  4. Shahcheraghi F, et al., Jundishapur J Microbiol 7: e10880, 2014
  5. Kamachi K, et al., Emerg Infect Dis 26: 2511-2513, 2020
  6. Liu X, et al., Pediatr Infect Dis J 37: e145-e148, 2018
  7. Yamaguchi T, et al., Jpn J Infect Dis 73: 361-362, 2020
  8. Xu z, et al., Emerg Microbes Infect 8: 461-470, 2019
  9. Otsuka N, et al., PLoS ONE 7: e31985, 2012

大阪健康安全基盤研究所
微生物部細菌課    
 山口貴弘 勝川千尋 河原隆二 川津健太郎
川﨑こどもクリニック 
 川崎康寛

 

 

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