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海外におけるバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の分離状況と新たな流行株の出現

(IASR Vol. 42 p165-166: 2021年8月号)

 

 バンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant enterococci:VRE)は, 1990年代に米国の医療環境における分離が急増したことで院内感染対策を要する薬剤耐性菌として重要視されるようになった1)。米国は現在においても世界で最もVREが蔓延した国の1つであり, 中心静脈カテーテル感染から分離されたEnterococcus faeciumの約80%がバンコマイシン耐性であったとの報告もある2)

 2000年以前は高度医療の普及した米国・欧州からの報告が多かったVREであるが, 現在までに世界中のほぼすべての地域に広まっている。この世界的なVREの広まりに関連しているとされているのが, E. faecium clonal complex(CC)17と呼ばれる系統株である3)E. faecium CC17は, multilocus sequence typing(MLST)によって分類されたE. faeciumの各sequence type(ST)の相関を, eBurstのアルゴリズムにより描画した際, ST17の近縁に位置するSTの一群を示す。このCC17は, アンピシリン耐性やフルオロキノロン耐性を併せ持ち, 多剤耐性といった病院環境に適応進化した系統株であり, さらにバンコマイシン耐性遺伝子を獲得したことでVREの世界流行株となっていったと推察されている4)。その後, CC17は単一の祖先から派生してきたわけではなく, 組み換えなどにより病院環境での生存に有利となる因子を蓄積した複数の系統から成ることも明らかとなった5)

 2016年にオーストラリアより, MLSTに用いる遺伝子の1つであるpstSが欠損したバンコマイシン耐性E. faeciumが新たな流行株として報告された6)。なお, オーストラリアのE. faeciumのバンコマイシン耐性率は, 2000年代までは10%未満であったが, 2010年代以降は30%へと急増していた7)。さらに, 従来はVanB型のE. faeciumが主流であったが, 2012年ごろよりVanA型のE. faeciumが医療圏を越えて持続的に拡散し, その多くがpstS欠損株であることも報告された8)。このpstS欠損株はその後, pstSを0と記載することでST1421と分類され, 現在までに複数のpstS欠損E. faeciumのSTが登録されている()。

 欧州からもこの新たな流行株であるpstS欠損E. faeciumは報告されており, 特にデンマークでは, 2018年以降, 国内の主要なST型がそれまでのST203からST1421に切り替わっている9,10)。欧州全体の人口調整平均でのE. faeciumのバンコマイシン耐性率は, 2014年まで10%以下であったが, 2015年以降増加傾向が続き, 2019年には18.3%に達した。pstS欠損E. faeciumの出現が欧州におけるVREの増加にどの程度寄与しているかは不明であるが, 欧州の薬剤耐性サーベイランス年報には監視の強化や分離株の解析, 疫学やリスク因子の解明といった対応が急務である旨が記載されている11)

 カナダでもVRE血流感染症が2015年以降増加し続けており, 病原性および病院環境への適応が強化された新たなクローンであるpstS欠損E. faecium ST1478の出現と急増がその要因の1つであると指摘されている12)

 アジア地域は世界的にみるとVRE分離率の低い地域であるが, 韓国は例外的にVREの分離率が高く, E. faeciumのバンコマイシン耐性率は34.0%と報告されている13)。韓国においても2006~2007年に分離されたバンコマイシン耐性E. faeciumの約10%, および, 2014~2015年に分離された300株中46株(15%)が, pstS欠損E. faeciumであり, 10年以上前からこの系統の株が広がり続けていたことが推測される14)

 このように2010年代後半以降, 海外の複数の地域においてVREの分離率の増加が報じられており, その背景に新たな流行株としてpstS欠損E. faeciumの出現が示唆されている。E. faeciumに限らず, 多くの細菌は生存に有利となるよう適応進化し続けている。VREにおいても, 過去の疫学にとらわれることなく動向を注視し, 現在の感染のリスク因子・分子疫学解析を行い, それらに基づく対策の実施が必要と思われる。

 

参考文献
  1. CDC, Morb Mortal Wkly Rep 42: 597-599, 1993
  2. Weiner LM, et al., Infect Control Hosp Epidemiol 37(11): 1288-1301, 2016
  3. Leavis, HL, et al., Curr Opin Microbiol 9: 454-460, 2006
  4. Cattoir V, et al., J Antimicrob Chemother 68(4): 731-742, 2013
  5. Willems RJ, et al., mBio 3(4): e00151-12, 2013
  6. Carter GP, et al., J Antimicrob Chemother 71(12): 3367-3371, 2016
  7. Coombs GW, et al., Communicable diseases intelligence quarterly report 37(3): E199-209, 2013
  8. van Hal SJ, et al., J Antimicrob Chemother 73(6): 1487-1491, 2018
  9. Hammerum AM, et al., Euro surveillance 24(34), 2019
  10. Lemonidis K, et al., PLOS ONE 14(6): e0218185, 2019
  11. SURVEILLANCE REPORT, Antimicrobial resistance in the EU/EEA 2019
    https://www.ecdc.europa.eu/sites/default/files/documents/surveillance-antimicrobial-resistance-Europe-2019.pdf
  12. McCracken M, et al., Emerging Infectious Diseases 26(9): 2247-2250, 2020
  13. Liu C, et al., J Infect Chemother 25(11): 845-59, 2019
  14. Kim HM, et al., Eur J Clin Microbiol Infect Dis 39(7): 1349-1356, 2020
  15. PubMLST, Enterococcus faecium,
    https://pubmlst.org/organisms/enterococcus-faecium

国立感染症研究所薬剤耐性研究センター
 鈴木里和 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan