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亜急性硬化性全脳炎に対する治療

(IASR Vol. 42 p180-181: 2021年9月号)

 
はじめに

 亜急性硬化性全脳炎(SSPE)は, 変異した麻疹ウイルス(SSPEウイルス)の中枢神経系への持続感染症である。麻疹罹患後およそ2~10年の潜伏期の後, 知能低下, 性格変化, 動作緩慢などで発症し, 進行性に大脳機能が障害され, 高度の認知症, 植物状態となり死に至る神経変性疾患である。SSPE患者数は麻疹罹患者数に正の相関を, SSPE発生率は麻疹の予防接種の実施率に負の相関を示す。世界保健機関(WHO)によるグローバルワクチン行動計画は, 2020年までに少なくとも全世界の5つの地域での麻疹排除を達成することを目指し, 全世界的に麻疹による死亡者を減少させているが, 2018年においても開発途上国の小児を中心に140,000人以上が麻疹によって死亡したと推計されている1)。さらに2019年には急増し, 推定207,500人の命が奪われている2)。麻疹ワクチンの2回接種が効果的で推奨されるが, 2019年の報告では初回投与の世界的なカバー率は85%で停滞している2)。このため, 世界的にはSSPEの発生は今後も続くと考えられる。

 SSPEにおける神経障害にはSSPEウイルスの脳内での増殖が直接かかわっているため, ウイルス増殖を抑制する抗ウイルス薬や免疫賦活薬などによる治療が試みられてきた。しかし, 有効性は限定的であり, より効果的な治療法の開発が求められている。

SSPEの自然経過

 SSPE患者は多様な経過を示し, 急激に進行する劇症型, 10年以上の緩徐な経過をとる緩徐進行型, 慢性再発と寛解を繰り返す患者, さらに, ごく少数ではあるが, 自然経過で症状の改善がみられる症例もあるとされている。中東地域での118名のSSPE患者の自然経過では, SSPE患者の40%が発症1年以内, そして19%が2年以内に死亡し, 2年以上の生存は41%, 4年以上の生存は20%との報告がある3)

治 療
4)

 先進国においてはSSPEの発生数が極めて少なく, ランダム化比較試験などのエビデンスレベルの高い報告はない。比較的多数例において使用され有効とされているのは, イノシンプラノベクス内服療法とインターフェロン(IFN)脳室内投与療法である。本邦の保険診療でSSPEの特異的的治療として認められているのもこの2つのみである。

1. イノシンプラノベクス

 イノシンプラノベクスは抗ウイルス作用と免疫賦活作用を併せ持つ。一般的には50-100mg/kgを1日3回または4回で経口投与する。SSPEに対するイノシンプラノベクスの有効性を臨床症状から評価した場合, 症状の改善, あるいは進行の止まった症例の割合は, 報告によると10-60%, 一方, 非投与の自然寛解率は4-10%とされている。その効果は確実ではないが, 臨床症状の進行を抑制すると考えられる。生存率での評価では, イノシンプラノベクスが投与された98例の8年生存率は61%であるのに対し, ほぼ同時期の非投与例の生存率は8%であることから, イノシンプラノベクスはSSPEの生存率を延長させる効果があるとされる。

2. インターフェロン

 IFNは抗ウイルス作用を有する。IFN(αまたはβ)100-300万単位を週1-3回, 髄腔内, あるいは脳室内に投与する。イノシンプラノベクスとの併用により有効であったとする報告が多い。臨床症状からの有効性評価では, Yalazらは改善が50%(11/22), Gasconらは改善が17%(3/18), 進行停止が28%(5/18)と報告している。イノシンプラノベクス単独療法と同様, 効果は確実ではないが, 無治療の場合に比較すると進行が止まる率が高い。しかし, 治療効果は一時的であり, 長期予後の改善は得られない。イノシンプラノベクス単独投与とイノシンプラノベクスとIFN脳室内投与の併用療法を比較した報告では, 進行停止, あるいは改善する率は, 両群に有意な差は認めないが(34%と35%), 無治療の場合に比較すると高いとされる。

3. 研究的治療
5)

 核酸アナログの抗ウイルス薬であるribavirinは, 基礎研究において抗SSPE効果を示し, ヒトにおいてもRSウイルス, インフルエンザウイルス, ラッサウイルスによる感染症, さらに麻疹肺炎へも治療効果が示されている。

 医療機関の倫理審査委員会承認, SSPE患者代諾者の同意のもと, 研究的治療としてIFNの脳室内投与に併用してribavirinの静脈投与が行われた。高用量のribavirinの投与により髄液中ribavirin濃度は抗SSPEウイルス効果を示す最小濃度に達し, 症例は少ないが, 臨床症状に改善がみられ, 髄液麻疹抗体価が低下した。しかし, 高用量のribavirinの全身投与では溶血性貧血を発症し, 治療を中断すると神経症状が再燃した。そのため, IFNと同様にribavirinの脳室内投与が試みられた。ribavirinのSSPEウイルス増殖阻止濃度と毒性濃度が近接しているため, 髄液中濃度をモニタリングしながら, 皮下植込み型脳脊髄液リザーバーであるOmmaya reservoirを用いて脳室内にribavirinが投与された。この投与法により, 1回投与量と1日投与回数を調整し, ribavirin濃度を有効安全域に維持することができた。Hosoyaらは5例に試み, 5例中4例において改善が認められたとしている。特に病期の早い時期に治療を開始した症例では, 症状に明らかな改善が認められ, 髄液中麻疹抗体価が低下した。一方, 脳室内ribavirinの投与方法では, 貧血は認められなかったが, 口唇/歯肉腫脹, 結膜充血, 頭痛, 傾眠傾向などの副反応が一過性に認められた。

 しかし, 薬剤投与のたびに穿刺するOmmaya reservoirを用いた脳室内投与法では髄液中のribavirin濃度に変動があり, 一定に保つことが困難であった。また, 投与デバイスへの頻回の穿刺による細菌性髄膜炎等の合併もあった。これらを回避するため, 皮下埋め込み型の持続輸注ポンプを用いたribavirinの脳室内への持続投与が試みられた。実施された3例は, 持続注入療法開始後も病状は徐々に進行しているものの, 中断した1例を除き進行は緩徐であった。

4. その他の抗ウイルス薬
5)

 Remdesivirやfavipiravirは広くRNAウイルスに対し抗ウイルス活性を示す。Favipiravirはin vitroにおいてribavirinと同程度のSSPEウイルスに対する増殖抑制効果を示す。しかし, これらの薬剤がSSPE患者に投与された報告はない。

結 語

 いまだSSPEの治癒を期待できる薬剤はなく, 有効な治療薬の開発が待たれる。また, 麻しんワクチン接種率の向上による, 麻疹流行の阻止, さらには全世界での麻疹の排除がSSPE発症予防の点からも肝要である。

 

参考文献
  1. https://www.who.int/news/item/05-12-2019-more-than-140-000-die-from-measles-as-cases-surge-worldwide(accessed on 30 July 2021)
  2. https://www.who.int/news/item/12-11-2020-worldwide-measles-deaths-climb-50-from-2016-to-2019-claiming-over-207-500-lives-in-2019(accessed on 30 July 2021)
  3. Risk WS, et al., Arch Neurol 36(10): 610-614, 1979
  4. 亜急性硬化性全脳炎(SSPE)診療ガイドライン2020, 厚生労働省科学研究 プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班
  5. Hashimoto K, et al., Molecules 26(2): 427, 2021

福島県立医科大学医学部小児科学講座     
 橋本浩一 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan