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麻疹検査診断における現在の課題

(IASR Vol. 42 p190-192: 2021年9月号)

 
背 景

 日本は世界保健機関(WHO)により, 2015年3月に麻疹排除国に認定され, 以降この状態を維持することが目標となっている。WHOの麻疹排除認定の条件には, 麻疹と診断された患者1例1例の迅速, かつ正確な検査診断が求められており, 現在国内では「麻しんに関する特定感染症予防指針」に基づき, 原則, PCR検査の実施に基づいた麻疹患者の診断が求められている。過去5年の日本の麻疹患者届出状況は, 2017年 186例, 2018年 279例, 2019年 744例, 2020年 12例, 2021年3例(第27週時点)であり, 2006年からの麻しん含有ワクチン(MCV)2回接種の導入や, 2008年から5年間, 中学1年生, 高校3年生相当年代へ2回目のMCV接種機会を設けたことによる2回接種者の増加に伴い, 非常に少ない報告数で推移している。しかし, 2020年2月以降, 新型コロナウイルス感染症の流行による国外からの麻疹ウイルスの持ち込みがほとんどない状況下において, 2020年6症例, 2021年3症例がPCR検査陰性または未実施であるものの, IgM抗体検査陽性のために麻疹症例として報告されている。

 そこで今回, 感染症発生動向調査(NESID)に届け出られた麻疹患者のPCR検査とIgM抗体価との関連について評価し, 検査診断における課題を明らかにするとともに, 麻疹排除維持に必要な取り組みについて検討することとした。

対象と方法

 1. 対 象

 2017~2019年にNESIDに登録された麻疹届出症例(臨床診断例除く)のなかで, PCR検査結果, IgM抗体価, 発疹出現日, 検体採取日が把握可能な症例(検査の実施状況や抗体価に関しては, 備考欄の記載情報でも可とした)を評価対象とした。なお, 発疹出現前にIgM抗体検査を実施した症例, ペア血清による診断例, PCR検査とIgM抗体検査の検体採取日が異なる症例は評価対象外とした。

 2. 方 法

 PCR検査を実施し陽性かつ上記情報すべてが得られた症例96例をPCR(+)群, PCR検査を実施し陰性かつ上記情報すべてが得られた症例15例をPCR(-)群(当検討の定義上, IgM抗体価は1.21以上)として, 基本属性, ならびに麻疹特異的IgM抗体価について比較検討した。2群の有意差検定には, ピアソンのカイ二乗検定あるいはウィルコクソンの順位和検定を用いた。有意水準は両側<0.05とした。さらに, IgM抗体価と発疹出現日から検体採取日までの期間の関連性について解析した。IgM抗体価は1.21以上を陽性, 1.21未満を陰性とした。なお, 抗体価0.8未満はすべて0.8として解析した。

結 果

 PCR(+)群とPCR(-)群症例における基本属性をに示す。両群での性別については, 検定の結果, 統計学的な有意差が認められたが, 年齢およびワクチンの接種歴では有意差は認められなかった。したがって, 両群の抗体価に対する年齢やワクチン接種の有無による影響は少ないと考えられた。

 IgM抗体価の分布では, PCR(+)群では中央値7.7(四分位範囲:1.5-9.9), PCR(-)群では中央値3.9(四分位範囲:1.8-9.3)であったが, 統計学的な有意差は認められなかった。

 PCR(+)群とPCR(-)群症例における男女別の発疹出現日から検体採取日までの日数とIgM抗体価の分布をに示す。男女ともにPCR(+)群においては, 発疹出現3日目以内の場合にはIgMが陰性になる症例を認めたが, 4日目以降には認められなかった。

 IgM抗体検査に適切な検体採取時期は4~28日であるため1,2), 発疹出現4日目以降の2群間のIgM抗体価に着目した結果, PCR(+)群では中央値10(四分位範囲:4.2-11.6), PCR(-)群では中央値7.8(四分位範囲:2.4-10.6)であり, 有意差は認められなかった。PCR(+)群では, IgM抗体価≧5.0が73%, 1.21≦IgM抗体価<5.0が27%, PCR(-)群では, IgM抗体価≧5.0が60%, 1.21≦IgM抗体価<5.0の事例が40%認められた。なお, PCR(-)群におけるIgM抗体価≧5.0である症例のPCR検査検体採取日は, 発疹出現4日目と14日目であった。

 また, PCR検査とIgM抗体検査日が異なり今回除外となった症例のうち96%は, PCR検査よりIgM抗体検査の検体採取日が早かった。

考 察

 の結果から, 患者は発疹出現3日目以内に医療機関を受診し検体採取することが多いことが推察されるが, PCR検査陽性の麻疹患者の場合でも, その時点ではIgM抗体価が上昇せず, 抗体検査陰性と判断される可能性がある。そのため, この時期にIgM抗体価のみで判断していた場合, 麻疹を見逃してしまう可能性がある。

 麻疹を診断するために実施するPCR検査に適切な検体採取時期は発疹出現後1週間以内とされているが, この時期を過ぎて採取された検体を用いたPCR検査で陰性となった症例において, IgM抗体価が陽性であった症例は麻疹の可能性を否定できなかった。

 以上により, IgM抗体価のみでの麻疹の診断には限界があり, 適切な採取時期, 方法によって得られた検体を用いたPCR検査やペア血清によるIgG抗体検査など, 複数の検査を併用し, 総合的に判断する必要がある。また, 正確な麻疹の診断には, 検査結果に加え, 臨床症状や渡航歴, ワクチン接種歴, 地域の流行状況などの疫学情報も併せて検討する必要性がある。

 医療機関におけるPCR検査とIgM抗体検査の検体採取においては, 同日以外には大部分がPCR検査の検体より先にIgM抗体検査の検体採取をしている状況が見受けられることから, IgM抗体検査用検体の採取に併せて, 発病後1週間以内の検体が検査に有用であるPCR検査のための検体も必ず採取していただくことで, PCR検査およびIgM抗体検査の迅速かつ確実な実施につないでいくことができると考えられた。

 麻疹の排除状態を維持するためには, 患者1例1例の迅速かつ正確な検査診断が重要である。

 

参考文献
  1. 病原体検出マニュアル 麻疹(第3.4版)平成29 年4月
    https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/measles.v3-4.2017Mar.pdf
  2. 麻疹検査診断の考え方
    https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/measles/guideline/medical_201805.pdf

国立感染症研究所   
実地疫学研究センター
感染症疫学センター 

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