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MSMを対象としたHIV検査機会拡大のための戦略

(IASR Vol. 42 p218-219: 2021年10月号)

 

 日本の新規HIV感染者, AIDS患者届出数の総計は減少傾向に転じてきている。しかし, これは東京都, 大阪府など大都市における減少によるものが大きい。地方都市では, AIDSを発症してHIV感染が判明する者がいまだ約3割を占めている。日本では男性同性間の性的接触による感染がHIVにおいては70%を占め, MSM(men who have sex with men)への対策が最も重要になる。HIV新規感染者を今後も減少させていくためには, 感染者の全体の約半数を占める地方都市におけるMSMへの検査の普及が鍵となる。東京都, 大阪府など大都市では, 休日や夜間も利用可能な公的なHIV検査が提供されている。一方, 地方都市では広域をカバーする必要があるがマンパワーは少なく, 大都市のような利便性の高い検査を恒常的に提供することは難しい。したがって, MSMに対する検査普及戦略は大都市と地方の検査の促進, 阻害要因の特徴を踏まえ, 個別に考案する必要がある。

 本稿では, 現在明らかになっているMSMの検査の地域別の関連要因と, 岡山県で成功し, 現在も地方都市で拡大進行中のクリニック検査と郵送検査キットを活用した検査普及の取り組みを紹介する。

何がMSMのHIV検査受検の関連要因となっているか?

 MSMのHIV感染症の予防啓発に取り組む全国の非政府組織(NGO)を中心に, MSMに対して継続的に行動調査が行われている。2015~2016年にかけて全国のMSM向けクラブイベント参加者に質問紙調査を行い, 776名の有効回答を得た。大都市, 地方都市別に生涯のHIV検査経験と過去1年の検査経験に関連する因子を分析した。生涯のHIV検査経験については, 年齢が高く, 梅毒の罹患経験がある者が受検経験が高かった。大都市では, HIVについて周囲と対話経験がある者, またNGOの啓発資材の呼びかけを受けた者が検査を受けていた。HIV検査をMSMは少なくとも年1回は受検することが推奨されているが, 過去1年の検査経験については, 大都市, 地方都市ともにHIVについて周囲と対話経験がある者, またNGOの啓発資材を認知している者が検査を受けていた。地方都市では, 年齢が高くなるほど過去1年に検査を受けていなかった()。

 梅毒の罹患経験とHIV検査は関連があり, 梅毒とHIV検査はセットで提供したほうが望ましいこと, またNGOの啓発資材や, HIVについての対話経験があることとHIV検査行動は正の関連があり, NGOの発信する資材の有効性と, HIVについての関心がコミュニティ内で低下しないようにする取り組みの重要性が示された。

地方都市でのクリニックを活用した検査普及の取り組み

 地方都市の中でも岡山県は先陣を切ってクリニックを活用した検査拡大プログラムを行ってきた。大阪地域で2007年から実施されたクリニック検査をモデルに, 当事者団体であるHAATえひめ, 行政, 医療(川崎医科大学), 研究者の協働により実施された。NGOと医療が協働し, MSMが利用しやすい利便性の高いクリニックを開拓し, NGOが当事者への訴求力の高い広報資材の作成と配布を行い, SNSも活用し広域に情報を浸透させ, クリニックではHIVと梅毒の検査提供を行うものである。行政は財源を確保し, 研究者とプログラム評価を行った。このモデルは, 岡山県でのAIDS発症でHIV感染が判明する割合が2014(平成26)年に35%になったことへの危機感からスタートしたが, 4年間の実施を経て, 2018(平成30)年にはAIDSでHIV感染が判明する割合が16%まで低下した。

 この岡山モデルの成功を基に厚生労働省の研究班の一環として, 広島県, 香川県, 愛媛県にも拡大展開され, 「岡山県もんげ~性病検査」(クリニック検査)として定着している。HIV陽性割合は1.5%と, 通常の保健所のHIV検査の陽性割合の約5倍の高さを維持している。また同様に, 沖縄県でも琉球大学と当事者NGOであるnankrが協働しクリニックを開拓し, 実施されている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大により保健所の検査は停止を余儀なくされたが, クリニック検査があったことにより, MSMの検査提供を補完する役割を果たした。愛知県, 岐阜県でも当事者団体のエンジェルライフナゴヤ, 研究者の協働で, クリニックにおけるHIV, 梅毒の検査提供プログラムが進行中である。どの例においても, 当事者NGOが動き広報資材を開発, 必要な層に届けることが成功の鍵となっている。

郵送検査キットを活用した全国での検査提供モデルの試行

 自身が血液を微量採血機器(ランセット)で採取し, 検体を送付し, スクリーニング検査結果をWEBで確認する検査提供プログラムは, 東京ではHIVCheckとして, 2014年からaktaにより展開された。現在は地方都市を含む全国で, 「MSMに対する有効なHIV検査提供とハイリスク層への介入に関する研究班」において郵送検査キットによるMSMへの検査提供が進行中である。2020年度では769名の利用があり, HIVスクリーニング検査の陽性割合は1.6%(12/769), 梅毒(TP抗体)陽性割は14.7%(113/769)であり, ハイリスクな層に届いたことが示唆されている。

 今後は, 地方でもクリニック検査, 郵送検査などMSMが使いやすい検査オプションを準備し, 医療とNGOとの協働による検査普及が必要である。またCOVID-19拡大により落ち込んだ保健所のHIV検査提供数をどう埋め, 回復させるかの対策, MSMに必要な検査を継続的に提供できるモデルの構築も急務である。

 

参考文献
  1. Noriyo Kaneko, et al., AIDS Care 33(10): 1270-1277, 2020

名古屋市立大学大学院看護学研究科    
 金子典代

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