IASR-logo

HIV感染者の腸内細菌叢の変容

(IASR Vol. 42 p222-223: 2021年10月号)

 
はじめに

 HIV感染者は整腸剤や止痢剤の使用頻度が高く, 慢性的な下痢症を主訴する方が多い。また, 抗ウイルス療法(ART)により効果的に血中ウイルス量が抑えられていても, 低レベルながら持続的なウイルスゲノムの転写にともない免疫の活性化が進み, 慢性的な炎症状態にある1)

 近年, 腸内細菌叢が栄養・代謝・免疫制御などの宿主の恒常性維持機構に影響を与え, 種々の病態の進行との関連が明らかとなってきた。しかし, 腸管免疫系に持続感染するHIV感染症における腸内細菌叢の変化と, 患者で認められる持続的な炎症との関連性については不明な点が多い。そこで我々は, 日本人HIV-1感染者の腸内細菌叢を調べ, ARTにより長期的に血中ウイルス量が抑制されている患者の細菌叢プロファイルと炎症状態との関連を解析した2)

方 法

 東京大学医科学研究所附属病院に通院するHIV感染者109名ならびに健常人61名から便検体を採取した()。HIV感染者は血中CD4細胞数を指標に3群に分けた。採取した便から細菌DNAを抽出後, イルミナ社の次世代シーケンサーMiSeqを用いて16S rRNAの配列を解読し, 腸内細菌叢の解析を行った。

HIV感染者の腸内細菌叢の特徴

 腸内細菌叢を構成する菌種のα多様性(サンプル当たりの多様性)は, 低CD4群(CD4数<250cells/μL)の患者で健常人と比較して有意に低かった(図A)。一方, 高CD4群(>500cells/μL)・中程度のCD4群(250-500cells/μL)の患者では健常人と同等のα多様性を示した。AIDS患者3名の腸内細菌叢の経時変化の解析でも, ARTの開始後にα多様性の上昇が認められたことから, HIV感染者の腸内細菌叢はCD4数の回復とともに改善することが示唆された。一方で, 健常人と同等のα多様性を示す高CD4群の患者でも, 腸内細菌叢を構成する菌種の組成は健常人と比べて有意に異なっていた。群間比較解析ツールlinear discriminant analysis effect size(LEfSe)を用いてそれぞれの細菌の組成を比べたところ, HIV感染者では健常人と比較してNegativicutes綱・Coriobacteriia綱・Bacilli綱に属する細菌の増加と, Clostridia綱に属する細菌の減少が認められた(図B)。Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes(KEGG)pathwayデータベースを用いた機能予測解析から, HIV感染者では炭水化物代謝に関する経路の減少が推測された。これは, 腸管バリアの維持に重要な酪酸を産生するClostridia綱の減少を反映したものと考えられる。酸素に対する耐性の観点からは, HIV感染者でみられる腸内細菌叢の変化は偏性嫌気性菌の減少と通性嫌気性菌の増加と特徴づけられ, 腸管バリアの低下が示唆された。なお, 便の性状, 年齢, 使用薬剤, 治療年数には腸内細菌叢に有意な差はみられなかった。

腸内細菌叢の変化とサイトカイン分泌との関係

 HIV感染者における腸内細菌叢の変化と慢性炎症との関連性を明らかにするため, 患者の末梢血中のサイトカインおよびケモカインレベルを測定した。HIV感染者で増加していた菌のうちNegativicutes綱に属する細菌はグラム陰性菌であり, リポ多糖(lipopolysaccharide: LPS)を含む外膜構造を有している。HIV感染者において, この綱に属する複数の細菌分類群の存在量は, 血漿中のinterferon(IFN)-γおよびinterleukin(IL)-1βとの間に正の相関を示した。これは, IFN-γとIL-1βがLPSによって活性化されたマクロファージから誘導されるサイトカインであることと一致している。さらに, Bacilli綱のErysipelotrichaceae科やCoriobacteriia綱のAtopobiaceae科など, HIV感染者で増加している菌種は, 抗炎症性サイトカインであるIL-19およびIL-35のレベルと負の相関を示していた。これらの結果から, HIV患者の腸内細菌叢の変化が宿主の免疫バランスを炎症亢進性のTh1有意な環境に移行していることが示唆された。

考察と展望

 腸管には体内のCD4 T細胞の大部分が集まり, HIVの主要な感染標的となっている。HIV感染初期に腸管粘膜のCD4 Th17細胞が枯渇し, 腸管バリア機能が低下することが知られている3)。バリア機能の低下はART開始後も完全に修復されることはなく, 腸内細菌のトランスロケーションが続くことによって慢性炎症を誘発していることが指摘されている4)。本研究では, HIV感染者に特有の腸内細菌叢の変容が一部のサイトカインと相関し, 炎症亢進の環境を作り出していることを明らかにした。今後, 腸内環境と病態の理解がさらに進めば, 腸内細菌叢を改善することで慢性的な炎症にともなう病態の緩和につなげるという, 整腸を主軸とした新たな治療戦略の開発が期待される。

 

参考文献
  1. Ishizaka A, et al., J Virol 90: 5665-5676, 2016
  2. Ishizaka A, et al., Microbiol Spectr doi: 10.1128/Spectrum.00708-21: e0070821, 2021
  3. El Hed A, et al., J Infect Dis 201: 843-854, 2010
  4. Brenchley JM, et al., Nat Med 12: 1365-1371, 2006

東京大学医科学研究所
先端医療研究センター感染症分野
 石坂 彩 古賀道子 水谷壮利 堤 武也 四柳 宏 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan