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2020年度感染症流行予測調査におけるインフルエンザ予防接種状況および抗体保有状況

(IASR Vol. 42 p252-255: 2021年11月号)

 
はじめに

 感染症流行予測調査事業は厚生労働省健康局結核感染症課が実施主体となり, 毎年度健康局長通知に基づいて全国の都道府県と国立感染症研究所が協力して実施している予防接種法に基づいた事業である1)。本稿では, 本調査におけるインフルエンザ予防接種状況と抗体保有状況の2020年度調査結果について報告する。

方 法

 2020年度のインフルエンザ感受性調査は, 北海道, 山形県, 福島県, 茨城県, 栃木県, 群馬県, 千葉県, 東京都, 神奈川県, 新潟県, 富山県, 福井県, 山梨県, 長野県, 静岡県, 愛知県, 三重県, 京都府, 愛媛県, 高知県, 佐賀県の21都道府県の予定であったが, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行により15道府県(北海道, 山形県, 福島県, 茨城県, 栃木県, 群馬県, 新潟県, 富山県, 山梨県, 長野県, 静岡県, 三重県, 京都府, 愛媛県, 高知県)に縮小して実施された。対象として2020年7~9月(2020/21インフルエンザ流行シーズン前かつワクチン接種前)の期間に採取された血清(3,244検体)を用いて, 各道府県衛生研究所において赤血球凝集阻止試験(HI法)により測定が行われた。2020年度の調査株は下記に示した2020/21シーズンのインフルエンザワクチン株で, 各インフルエンザウイルスの卵増殖株由来のHA抗原を測定抗原として用いた。

 予防接種歴調査は上記の道府県に大阪府, 山口県を加えた17道府県において, 前シーズン(2019/20シーズン)における接種状況を聴取した。

 2020/21シーズンのインフルエンザワクチン株

 ・ A/Guangdong-Maonan(広東-茂南)/SWL1536/2019(CNIC-1909)(H1N1) [A(H1N1)pdm09亜型]

 ・ A/Hong Kong(香港)/2671/2019 (NIB-121)[A(H3N2)亜型]

 ・ B/Phuket (プーケット)/3073/2013 [B型(山形系統)]

 ・ B/Victoria(ビクトリア)/705/2018(BVR-11)[B型(Victoria系統)]

結 果

 Ⅰ. 2019/20シーズンにおけるインフルエンザ予防接種状況(図1, 1-1:接種歴不明者を含まない, 1-2:接種歴不明者を含む)

 3,875名の予防接種歴が得られた。ほとんどの年齢群で接種歴不明者が10-40%程度の割合で存在した。1回以上接種者(1回接種者, 2回接種者, 回数不明を含む)の割合は接種歴不明を含む全体で42%, 1歳未満児で6%(84名中5名), 1歳児で20%(101名中20名), 2~12歳では54%(525名中282名, 各年齢群43-65%), 13歳以上では42%(3,165名中1,317名, 各年齢群29-48%)であった。2回接種が推奨されている13歳未満の年齢群では, 接種者の73%(307名中223名)が2回接種者であった。

 Ⅱ. インフルエンザ抗体保有状況(図2

 3,244名〔B型(山形系統)のみ3,108名〕についてHI抗体価の測定が実施された(暫定結果による)。対象者数はそれぞれ0~4歳287名, 5~9歳163名, 10~14歳188名, 15~19歳203名, 20~24歳239名, 25~29歳361名, 30~34歳363名, 35~39歳258名, 40~44歳196名, 45~49歳291名, 50~54歳263名, 55~59歳191名, 60~64歳151名, 65~69歳52名, 70歳以上38名であった。本稿では感染リスクを50%に抑える目安と考えられているHI抗体価1:40以上の抗体保有割合について, 2020年度の調査結果と過去2シーズンの状況を示す。B型(山形系統)は2018年度, 2019年度の調査と同一調査株であり, B型(Victoria系統)は前年度から変更された。A型はH1, H3ともに過去3年間のワクチン株が異なるため, 異なる株で調査が行われている。

 A(H1N1)pdm09亜型に対する抗体保有割合(図2-1上段)は2018年, 2019年のシーズン前抗体保有状況と比較して全体的に低く, 最も抗体価の高い年齢群は20~24歳群で(46%), 5~24歳の各年齢群で30-40%台(34-46%)であった。一方で, 0~4歳群, 40~60歳未満および65~69歳群の各年齢群では20%未満と低かった。

 A(H3N2)亜型に対する抗体保有割合(図2-1下段)は25~29歳で最も高く(83%), 5~49歳の各年齢群ならびに70歳以上群は40%以上(41-83%)と高い抗体価が維持されていた。しかしながら, その他の各年齢群では50~69歳の各年齢群は30%台で, 0~4歳群は最も低く14%であった。

 B型(山形系統)に対する抗体保有割合(図2-2上段)は30~34歳群(74%)で最も高く, 15~39歳の各年齢群でおおむね60%以上であった。一方で, 0~4歳群および65歳以上の各年齢群では20%以下であった(11-20%)。2018年度および2019年度と比較すると, 15~44歳の年齢群でほぼ同等であったが, 65歳以上の年齢群では, 2018年度の結果と比べて23%低く, 2019年度の結果と比べても5-7%低下していた。

 B型(Victoria系統)に対する抗体保有割合(図2-2下段)は45~49歳(44%)で最も高く, 40~59歳でおおむね30-40%, 10~39歳群および60代で10-20%前後, 0~9歳の年齢群では10%未満と低かった。70歳以上群を除き, B/Maryland/15/2016株を用いた2018年度および2019年度の調査結果と比較して, 2020年度の結果は全体として抗体保有率が低かった。一方, 70歳以上群では過去2シーズンと比較して同等かそれ以上の保有状況であった(29%)。

まとめと考察

 インフルエンザワクチンは2001年から65歳以上の高齢者等を対象に定期接種(毎シーズン1回)が実施されている。また, 生後6か月から任意接種として接種が可能で, 13歳未満の小児においては2~4週間の間隔をおいて毎シーズン2回の接種が推奨されている。

 接種歴調査の結果では, 1歳未満児での接種率は低く, 2~12歳の接種割合が他の年齢群に比べて高く, かつ2回接種の割合が高かった。これは過去の各シーズンと同様の傾向であった。一方, 13歳以上の1回以上接種割合は42%であり, 65歳以上を含めて2019/20シーズンに比べやや高かった(2019年度調査結果は37%2))。

 インフルエンザ抗体保有割合は, それぞれの亜型・系統でピークの年齢層が異なり, A(H1N1)pdm09亜型では5~24歳, A(H3N2)亜型では15~34歳, B型(山形系統)では25~39歳, B型(Victoria系統)では40~54歳の抗体保有率が他の年齢層と比較して高い傾向がみられた。一方で, 0~4歳群における抗体保有割合はすべての亜型で10%前後, また, 65歳以上の年齢群でA(H1N1)pdm09の亜型およびB型(山形系統)で20%前後と低い傾向であった。

 B型(山形系統)は2015年度以降, 同一の株がワクチン株として選択されているが, B型(Victoria系統)はワクチン株が変更された。B型(山形系統)は過去3シーズンともに近似した抗体保有状況を示しているが, 15歳未満では2018年度, 2019年度の調査と比較して若干低いことが確認された3)。 B型(山形系統)は2020年度は45歳以上の年齢では, 2018年度, 2019年度の調査と比べいずれも若干抗体保有率が低下した。一方, B型(Victoria系統)は, 2020年度の調査で調査株が変更されており, 単純な比較はできないが, 70歳以上を除き, すべての年齢層で2018年度および2019年度の調査結果より6-25ポイント抗体保有率が低い傾向にあった。なお, 抗体保有調査を行った直前のシーズンのインフルエンザウイルスの流行状況は, インフルエンザ病原体サーベイランスにおいて2019/20シーズンに分離・検出された亜型別報告数は, A/H1pdm09亜型(5,009件, 86%), A/H3亜型(122件, 2%), B型(Victoria系統)(660件, 11%)であった4)

 謝辞:本調査にご協力いただいた都道府県, 都道府県衛生研究所, 保健所, 医療機関等, 関係者の皆様に深謝いたします。

 *①65歳以上の者, および②60歳以上65歳未満の者であって, 心臓, 腎臓または呼吸器の機能に自己の身辺の日常生活活動が極度に制限される程度の障害を有する者およびヒト免疫不全ウイルスにより免疫の機能に日常生活がほとんど不可能な程度の障害を有する者

 
参考文献
  1. 厚生労働省健康局結核感染症課, 令和2年度感染症流行予測調査実施要領
    https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/yosoku/AnnReport/2020-99-2.pdf
  2. 国立感染症研究所感染症疫学センター, 感染症流行予測調査グラフ, 予防接種状況
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/667-yosoku-graph.html
  3. 国立感染症研究所感染症疫学センター, 年齢群別のインフルエンザ抗体保有状況の年度比較
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/10375-flu-yosoku-year2020.html
  4. 国立感染症研究所, 厚生労働省健康局結核感染症課, 今冬のインフルエンザについて(2019/20シーズン)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/influ/fludoco1920.pdf

国立感染症研究所感染症疫学センター    
 新井 智 森野紗衣子 多屋馨子 鈴木 基
同インフルエンザウイルス研究センター   
 渡邉真治 長谷川秀樹          
2020年度インフルエンザ感受性調査・予防接種歴調査実施道府県         
北海道 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県
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