E型肝炎の臨床
(IASR Vol. 42 p273-274: 2021年12月号)
E型肝炎ウイルス(hepatitis E virus: HEV)は, 経口感染するウイルスで急性肝炎を起こす。似た経路で感染するA型肝炎ウイルス(HAV)との相違点を含め, 以下で述べることとしたい。
臨床を理解するための疫学
HEVは世界的に分布するウイルスである。8種類の遺伝子型(genotype)が報告されている。
Genotype 1,2はウイルスに汚染された水を経口摂取することにより感染する。大規模流行を起こす可能性があり, 南アジア, 中央アジア, アフリカなどで感染者の報告が多い1)。一方, genotype 3,4は様々な動物に感染する(人獣共通感染症)。ウイルスに汚染された動物と濃厚に接触したり, 感染した動物の内臓・肉を加熱不十分なまま経口摂取することによりヒトに感染する。動物種としてはブタ, イノシシ(これらはgenotype 3,4に感染する), シカ, フェレット, ウサギ(これらはgenotype 3への感染のみが報告されている)などが報告されている。ヨーロッパ, 北米, 東アジアでの報告が多い2)。
日本でのgenotype 1,2の報告例のほとんどは輸入感染症例である3)。現在は, ほとんどが国内で感染したgenotype 3,4の症例である4)。
HEV感染後に黄疸を伴う急性肝炎を発症するのは5-30%とされる5)ため, 無症状のまま血清HEV抗体陽性になる人が数多く存在する。献血者を対象としたHEV抗体陽性率は2004年時点では3.7%であったが6), その6年後の報告では3.4%であった7)。検診サンプルを用いた抗体陽性率の検討も行われており, 陽性率は献血者よりやや高く5.3%であった8)。
E型肝炎は2003年11月の感染症法改正で4類感染症に定められ, 医師は, 診断後, 直ちに, 無症状病原体保有者を含む全症例を届け出ることが義務付けられている。国立感染症研究所感染症疫学センターから公表されている資料を用いて作成したウイルス性急性肝炎の届出数の1999年からの年次推移を図に示す。E型肝炎の届出は年々増えてきている。その原因は不明であるが, 検査数が増加しているのではないかと考えられている。E型肝炎の診断薬が健康保険認可されたのが2011年10月であるため, 認知されるのに時間がかかったこと, 従来薬物性肝障害と臨床診断されていた症例の中にE型肝炎と診断される症例が含まれていること, などが背景にある。
E型肝炎の感染経路として輸血が少数ながら認められる。発症前後の短期間ではあるがウイルスが血液中に放出されるため, その間に献血が行われた場合, 輸血後肝炎を発症する可能性がある9)。その対策として, 北海道で2005年から導入されているNATによるHEVスクリーニングが, 2020年8月から, それ以外の地域でも導入され, 全国すべての血液にHEVスクリーニングが実施されるようになった10)。2016(平成28)年に関東甲信越地域で行われたHEV感染実態調査によれば, 献血者のHEV RNA陽性率は, 0.073%(1/1,367本)と報告されている。〔2020(令和2)年度版血液事業報告:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_17420.html〕
急性肝炎
E型肝炎はA型肝炎同様, ウイルスの感染後2~12週間の潜伏期を経て発症する。症状を伴うのは5-30%とされているが5), 症状としては他の急性ウイルス性肝炎同様, 黄疸, 全身倦怠感, 食欲不振, 吐き気, 嘔吐, 腹痛, 発熱などがみられる。
E型肝炎のcDNAは1990年に決定されたが, かねてからインドで知られていた妊婦の重症肝炎の原因の少なくとも一部はHEVによることが次第に明らかにされていった11)。HEV感染により重症化する妊婦の大部分はgenotype 1に感染しており, 日本からもインドから帰国後にE型重症肝炎を発症した妊婦の症例が報告されている12)。重症化するメカニズムとしてはホルモンの変化, 免疫応答の特徴的変化などがいわれているが, よい動物モデルがないこともあり, 原因はわかっていない13)。
一方, 人獣共通感染症であるgenotype 3,4のHEVに関しては, 臓器移植レシピエントやヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染した個人などの免疫不全患者で慢性化することが報告されている14,15)。慢性感染症を発症した後はB型肝炎ウイルス(HBV), C型肝炎ウイルス(HCV)同様, 肝線維化の進展をみることから16)治療が必要になる。
E型急性肝炎に罹患した患者, 特にgenotype 4の患者では黄疸が遷延化することがある。一部の症例は重症化することが日本でも指摘されている17,18)。その原因は現在のところ不明である。今後, 動物実験などで明らかになることが期待される。
診 断
E型急性肝炎の診断は, 海外ではIgM-HEV抗体の測定で行われるが, 日本ではIgA-HEV抗体の測定で行われる19)。偽陽性, 偽陰性のどちらも報告されているため, HEV RNAの測定を併用することが臨床の場では行われている。
慢性化が疑われる患者では血清中のHEV RNAの検出を行う。血清または糞便中のHEV RNAが6カ月以上検出された場合は, 慢性肝炎と診断されることになる。
治 療
E型急性肝炎患者の大多数は一過性の経過で軽快していくため, 他のウイルス性急性肝炎同様, 保存的に治療を行う。食欲のない場合は, 肝臓への負荷をかけないようブドウ糖を中心とした補液を行う。
6カ月以上ウイルスが陰性化しない場合は, 抗ウイルス療法を考慮する。当初はグアノシンアナログであるリバビリンが用いられてきた20)。本邦でも症例報告がいくつか出されており, 有効性は高い21)が, 排除できない場合もある22)。このような場合は, リバビリンとソホスブビルの併用を行うと有効であることが報告されている23)。
予 防
HEV感染症の流行地域(アジア, アフリカ, 中東, 中央アメリカなど)へ旅行する場合, 滅菌されていない飲料水, 未調理の貝, 未調理の果物や野菜などを避ける必要がある。日本では豚レバーを中心とするハイリスク食品を食べる際には, 十分に加熱する必要がある。
現在, 海外渡航の際にはA型肝炎ワクチンの接種が強く推奨されている。E型肝炎は世界中で発生していることを考えると, 良いワクチンができれば多数の人が接種すべきワクチンである。現在日本でもワクチン開発が一歩一歩進んでいる24)。ワクチン開発に対する援助により開発が加速することが期待される。
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