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HEV-NATによる献血者の全数スクリーニング

(IASR Vol. 42 p276-277: 2021年12月号)

 
はじめに

 わが国の血液事業は年間約500万人の貴重な献血によって支えられている。かつてB型肝炎ウイルス(hepatitis B virus: HBV), C型肝炎ウイルス(hepatitis C virus: HCV), ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の輸血感染は大きな社会問題となっていたが, 献血血液の高感度ウイルス検査法の導入やスクリーニング基準の厳格化などによって発生数は大きく減少した。HBVについては数年に1例発生する程度にとどまり, HCVとHIVに至っては2014年以後の報告はない。これら3種のウイルスの輸血感染はほぼ撲滅できたといえる。一方で, 近年輸血感染ウイルスとして注目されているのがE型肝炎ウイルス(hepatitis E virus: HEV)である。

E型肝炎ウイルス

 E型肝炎の起因ウイルスであるHEVは, 約7.2kbの1本鎖RNAをゲノムに持つ小型球形のノンエンベロープウイルスで, 人獣共通感染症ウイルスという, 他の肝炎ウイルスにはない特徴を持つ。先進国におけるHEV感染経路の大半は食物感染である。HEV感染動物の肉や内臓を加熱不十分のまま食すことで動物からヒトへHEVは感染する。国内では飼育ブタや野生のイノシシ, シカが主要なHEVリザーバー, すなわち感染源となっている。近年, 駆除害獣として捕獲された野生のイノシシやシカの肉がジビエとして全国に流通しており, これによってHEV感染の機会が増えたともいわれている。

 HEVのウイルス学的特徴の詳細については他項に譲るが, 輸血医療, 血液事業上で問題となるHEV感染の特徴は以下の4点である。

 ①全国で毎年10万人以上もの新規HEV感染者が発生していると推察されている。

 ②HEV感染者においては急性期に感染性のHEVが血流中に存在する。

 ③HEV感染者の多くは無症状あるいは軽症で経過する。

 ④免疫抑制状態下にある患者ではHEV感染が高率で遷延化し, 重症化する例がある。

 つまり, 無症状のHEV感染者の血液が移植患者やがん治療患者に輸血されて, 慢性E型肝炎や重症E型肝炎を発症する可能性がある。このためHEVは輸血感染リスクがあるウイルスとして憂慮されている。

HEV輸血感染

 HEV高侵淫地域と考えられていた北海道において, 2002年以降, 先進国では初となるHEV輸血感染症例が相次いで確認された。このため, 献血者のHEV感染の実態を解明するため, 2005年に献血血液の核酸増幅検査法(NAT)による疫学調査を開始した。これにともないHEV陽性血液は輸血用血液から排除され, その後, 北海道ではHEV輸血感染は起きていない。しかし道外のHEV輸血感染事例が年々増加し, 国内では累計45例が確認されている。これには複合的要因による死亡事例も1例含まれる。本邦では, E型肝炎は4類感染症として届出が義務付けられており, 推定感染源の記載があった症例のうち輸血によるものは約2%を占める(IASR 37:134-136, 2016)。HEV輸血感染はヨーロッパ諸国や米国でも起きている。特に前述の理由から臓器移植が多い国においては注目度が高く, 英国, ドイツ, オランダなどの一部の国では, 16-96本のプール検体を用いたHEVスクリーニングNAT(MP-NAT)が実施されている。

HEVスクリーニングNAT

 日本赤十字社はHEV輸血感染防止のため, HBV, HCV, HIVの3ウイルスに加えてHEVも検出可能なマルチプレックスNAT試薬Procleix UltrioPlex E assay ABDをGrifols社と共同開発し, 2020年8月5日採血分から全国7ブロックの8検査施設に導入した。この試薬は等温核酸増幅法の1種であるTMA(transcription-mediated amplification)法を応用しており, 他の3ウイルスと同時にHEVを独立して検出することが可能である。HEVの95%検出感度は3.6 IU/mLと極めて高く, HEV(Orthohepevirus A)の1-8型(HEV-1-8)のすべての遺伝子型(genotype)を検出できる。検査は核酸抽出, 核酸増幅反応, 検出の一連の工程を全自動化したProcleix Panther Systemで実施されている。海外ではMP-NATが主流だが, 英国でMP-NAT陰性血液による輸血感染死亡事例が起きており, HEVスクリーニングNATの検出感度の向上が議論されている。日本赤十字社では個別検体を用いたNAT(ID-NAT)を実施しているため, 検出感度は世界最高レベルにある。

HEV-NATスクリーニング状況

 HEV-ID-NAT導入後1年間の検査数は延べ5,075,100人で, 2,804人(0.055%)の陽性が確認された。陽性者の年齢中央値は45歳(男性46歳, 女性41歳)で, 検査陽性率は全国的に全年代で男性が女性よりも1.4倍高く(0.060% vs 0.043%), 年代別では20~40代で高値を示し, 10代, 60代で低かった。また, 陽性者はすべての都道府県で確認されたが, 陽性率は東日本で高く, 西日本で低い, という顕著な地域差がみられた。特に献血者数が多い東京都(0.113%), 埼玉県(0.099%), 神奈川県(0.094%)が上位3位を占めた。この全国的なHEVの感染状況は過去に調査した献血者のHEV抗体保有状況と酷似している。

HEV陽性検体の解析

 確保できた陽性検体2,795例についてHEV RNA定量試験を行ったところ, 1,374例(49.2%)は検出限界以下となり, 定量できた1,421本の中央値は2.31log IU/mL, 最大値は7.26 log IU/mLであった。解析できた1,116例のgenotypeは1,103例(98.8%)がHEV-3, 13例(1.2%)がHEV-4で, HEV流行国でみられるHEV-1やHEV-2は確認されなかった。HEV-3には, これまで国内では報告のないウサギHEV(HEV-3ra)と最も高い相同性を示す株も含まれており, ウサギがHEV感染源となっている可能性も示唆される。また, HEV-4の10例は北海道の献血者から検出されており, 道外の3例とはsubgenotypeが異なっていた。陽性検体についてHEV抗体を測定したところ, 2,123(76.0%)例はIgM, IgA, IgGのいずれの抗体も検出されなかった。さらに, 陽性者2,802名のALT値は2-1,095 IU/Lで, 中央値は22IU/L, 30IU/L以下が69.5%を占めた。以上のことから, 陽性献血者の多くはHEVに感染して間もない時期に献血したと推察される。

おわりに

 HEVの輸血感染防止対策としてHEV-ID-NATによる献血スクリーニングを全国導入して1年が経過した。導入後の輸血によるHEV感染事例がないことから, 輸血用血液の安全性はさらに向上したといえる。また, 全国のHEV感染状況が明らかとなり, 予想以上にHEV感染が蔓延している実態が確認できた。HEV感染症は人獣共通感染症である。One Healthの理念に基づいた全国規模の抜本的なHEV感染対策が必要である。


日本赤十字社血液事業本部中央血液研究所感染症研究グループ
 松林圭二  

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