2016年の北海道内におけるE型肝炎症例届出の増加について
(IASR Vol. 42 p285-286: 2021年12月号)
感染症発生動向調査における2011年~2021年第38週までのE型肝炎届出数(図)によると, 2018年まで北海道の発生数は東京都と同程度であった。しかしながら2016年, 北海道内届出数は107件を数え, 集団感染事例と道央・道南地域で短期間に集中した報告が含まれていた。集団事例の概要と, 保健所および北海道立衛生研究所(当所)で行った調査についての報告をまとめた。
2016年2月中旬から旭川市でE型肝炎の発生届が急増し, 高齢者施設における複数の入居者の発症と届出を経て, 施設運営側は84名の入居者と61名のスタッフから血清を採取した。肝機能異常の指標となるALTの上昇が認められた検体についてE型肝炎ウイルス(hepatitis E virus: HEV)の抗体検査を行い, IgA陽性により3月末までに9名を届け出た。旭川市の依頼により当所で保有している関連する事例の検体についてすべて検査を行ったところ, 無症状者を含めて総計29検体〔入居者28名, スタッフ(栄養士)1名〕でIgA, IgM, RNAいずれかが陽性となり, 3月末と合わせて22例が届け出られた。自覚症状があった2名を含めて肝炎に関連した症状を呈したのは4名, ALTの上昇は11名で確認されたが, 多くは無症状であった。遺伝子配列を決定できた13検体ではopen reading frame(ORF)2領域412bpで99.8-100%一致した(HEV-3b)。患者は連結された2つの居住棟(A棟20名, B棟8名)から発生, スタッフの担当する棟は固定されていた。食事は共通であったため食品を介した感染も疑われたが, 外部委託し施設の厨房を使うシステムで, 調理過程は適切に記録され, 厨房の衛生環境にも問題は見出されなかった。遡ってメニューを検討すると, 豚肉や豚レバーも食材とされていたが, 当時同じ遺伝子型(genotype)による近隣での事例発生もなかった。後に同年7月, 旭川市民から一致する配列が検出された。多くの施設居住者に基礎疾患もあることで, 探知の難しさが示された事例であった1)。
2016年4月下旬~9月初旬, 道央・道南地域で, ORF2領域412bpでほぼ配列の一致した(HEV-4c)16事例の届出があり, 2017年5月までに30例を超えた。このうち12例が発生した室蘭保健所では, 事態を重くみて調査と啓発を行った2)。この地域では「やきとり」と称して豚肉(肉, レバー等)を串焼きにする食文化が定着している。専門店もあり「やきとり」は市民や観光客に提供されている。これらの飲食店に対して, HEVによる食中毒の知識習得や予防に関する意識の向上を目的に, 聞き取り調査および加熱実験, 市販肉の汚染状況調査を行った。21店舗において豚串の注文割合が高い傾向が認められ, 豚肉を喫食する機会が多いことが明らかとなった。ほぼすべての店舗で生肉由来食中毒に関する知識があり, やきとりの提供にあたってはよく焼く必要があるなど, 基本的な知識は浸透していたが, ブタがE型肝炎の感染源になりうることについての認知度は1/4程度であった。豚レバーを用いて店舗における調理の再現実験を行い, レバーの大きさと目視による焼け具合を観察, 中心温度を測定した。2017年5月~2018年2月に管内の食肉販売業および食肉処理業者で販売されている豚肉27検体, 豚レバー31検体を購入し, 遺伝子検査を行ったところ, 豚レバー1検体からHEV-3b遺伝子を検出した。これらの結果を基に, 室蘭保健所では, 豚レバーを焼く際の注意事項について, E型肝炎に関する基本情報や, 市販豚レバーの汚染状況とともにリーフレットにまとめた。営業者へ向けてリーフレットと参考サイズの模擬レバー串を示して, 食中毒予防に関する啓発活動を行った。本保健所管内の届出数は, 2017年には10件, それ以降, 1, 4, 1件と減少している。
当所においても, 保有している6カ月齢ブタ血清のうち, 近年患者届出数が多く, 患者由来株間の配列類似性も高い道南・道央地域で採取された血清検体を中心に遺伝子検査を行った3)。検体採取後の集約地を道央・道南(A, B, C), 道北(D)とした。ブタ血清は, 2012年20検体(A), 2014年40(A)+40(B), 2015年20(A)+20(B)+15(C), 2016年20(A)+20(B)+15(C), 2017年20(A)+20(B)+15(C)+15(D), 2018年20(A)+20(B)+15(C)+15(D), 計350検体を用いた。350検体中, 16検体(4.6%)でORF1領域が増幅され, このうち10検体(2.9%)でORF2領域の配列を確認できた。この10検体の分子疫学的解析を行ったところ, C地域ではHEV-3bが7件(2015~2018年), B地域では3eが2件(2014, 2017年), A地域では4bが1件(2016年)となり, 地域内の配列は99-100%一致した。さらに, それぞれの配列と同時期の患者株配列との一致も見られ, HEV-3b株は旭川事例や「やきとり」関連株との類似性が高かった。このことから, ウイルスが地域内で保持され, ヒトへの感染原因となっている可能性が強く示唆された。今回, 道央・道南地域で集中して報告されたHEV-4c株は確認できなかったが, 陽性例が出現した地域において, ウイルスを保有している割合の高い2~4カ月齢のブタを対象とした場合には, 検出可能とも考えられる。
2016年, 農林水産省は, 食品の安全確保のために, 「優先的にリスク管理を行うべき有害微生物」のリストにE型肝炎ウイルスを加える方針を固めた。感染原因の調査と, 結果に基づく注意喚起などの啓発が有効と思われる。
参考文献
- Ishida S, et al., J Clin Virol 101: 23-28, 2018
- 中田嘉子ら, 平成30年度全国食品衛生監視員研修会研究発表「E型肝炎に関する食中毒予防啓発について」
- 石田勢津子ら, 公益財団法人大同生命厚生事業団地域保健福祉研究助成 平成27年度報告書「E型肝炎ウイルスの分子疫学およびウイルス保有状況調査による感染経路の究明」